10歳:「王都到着、新しい屋敷(1)」
王都までは、馬車で5日間の旅程だった。
出発したのが、火の季節の1巡り目の第5日、一年で最も陽気が強くなる時期だ。
今回の旅に用意された馬車は1頭引きの幌馬車が2台。1頭引きといっても〈グラウンドホース〉という普通の馬車馬より1.5倍ほど大きな馬が馬車を引くため、荷台は通常使われている2頭引きと変わらない大きさらしい。
旅のメンバーは、お父様、お母様、私、リック、リリア、ロイズさん、アイラさん、ジル、そして王都から迎えにきてくれたハンスさんとその部下のグイルさんの10人だ。
お父様、ロイズさん、ハンスさん、グイルさんが交代で御者をしている。
初対面のグイルさんだが、なんと黒い犬耳犬尻尾の持ち主だった! 初めての異種族遭遇だ。
グイルさんは獣人種で牙族と呼ばれる、犬に似た特徴を持つ種族で20歳の男性。髪は尻尾と同じ黒、瞳は黒に近い灰色。
初対面の私や双子に尻尾を触らせてくれた。モフモフだった。
旅行中は和やかに……
「ボスのトナリはジルが座る!」
「おねえさまのとなりは、わたしとリックなの!」
「え、えっと、ぼくはべつに……」
ジル、見た目は妙齢のレディなんだけど、中身はリリアと一緒なんだ。
しょうがないから、リックを膝の上に乗せて、ジルとリリアは左右に配置……リックはいい子だから、サービス! 2人とも羨ましそうに見ない!
お父様も羨ましそうにこっちを見ないで、きちんと御者をしてください……。
「ジル、何してるのっ!?」
「服着てるのジャマだし、アツい、ヌげばジャマにならない」
「ハンスさん、グイルさん、こっち見ない!!」
「ロイズ様……見てましたね?」
「いや、見えただけ、俺は別に……なんでそんなに泣きそうな顔になる!?」
私とお母様とアイラさんで、ジルに常識を教え込むという名の調教をしたり……。
ちなみに、ロイズさんは昨年の豊穣祭の後、とうとう観念して、アイラさんと結婚をした。4年連続で赤い花を贈られて覚悟を決めなきゃ、男じゃない。
もちろん、私もお母様と一緒にロイズさんを追い詰める手伝いをしたのもいい思い出だ。
基本的に騒動の中心はジルだった。
人間の姿になれたのが嬉しかったのか、慣れてない身体で色々とやろうとするから問題を起こす。
結局、内緒にしてもらうことを十分に言い含めて、アイラさん、ハンスさん、グイルさんに「私が魔術が使えること」と「ジルの正体」を暴露した。
ハンスさんとグイルさんは、私が魔術を使えることを信じていないようだったから、実際に魔術を使って見せた。事前に用意していた〈宝魔石〉をあしらった腕輪を発動具としてみせた上で、だけど。
「お嬢様、流石です」
「あんな美人なのに……霊獣なのか。もったいない……グイルいっとく?」
「い、いっとくって、何がですか、ハンス副長!!」
「ハンスさん、さいてぇ……」
「はっ!? い、いや、ユリアちゃん、オレは出会いが少ない部下のことを思ってだな!」
まぁ、ハンスさんの気持ちも十分に分かる。
ジルは黙って座っている分には貴族の令嬢か一流の踊り子と言われても信じられる容姿だし。
ちょっと言動を見てると、少し残念な子っぽいのがすぐに分かるけど。
王都に着いても、ジルは当分外出禁止だな。
女性陣による淑女としての教育が必要だろう。それが終わるまで屋敷の外に出すのは心配だ。
「うわぁ……お父様、あそこが王都ですか?」
「うん、そうだよ」
馬車を少し小高い丘で止め、私たちは馬車から降りて、巨大な街を一望していた。
「北側に見える一番大きな白い建物が王城、周りにあるのが行政施設で、その周りにあるのが貴族街。僕の実家、ユリアのお祖父様の屋敷もある区画だ。
そこから東西南に延びる街道沿いが主な商業区画。街を流れる河と大きな水路に沿った辺りが工房区画。それ以外は大体が住宅区画となっているね。
僕らの新しい家は街の北西側にある新しく開発された区画で、まだ緑が多く残っている場所だよ」
お父様が指をさしながら、街の大雑把な説明をしてくれる。
こうして、私たちはラシク王国の王都ラシクリウスに到着した。