10歳:「森の屋敷との別れ(1)」
「せやぁっ!!」
「ふっ……はっ!!」
身体を右に半分捻り、イアンの上段から鋭い振り下ろしをかわし、返す動きで左から右へと剣を薙ぐ。
それをイアンはバックステップで避ける。私は剣の勢いを殺さないように、右から右上に剣筋を回して追加の一撃。鈍い金属音と共に振り切る前に剣が止められる。
「イアン、年下の女の子相手にちょっとは手加減しようとか思わない?」
「うっさい。そんなもんは4年前に捨てたっ!! 今日こそは勝つ!!」
「それ言うの何十回目だっけ?」
私の挑発に、いつも通りのってきたイアンが競り合っている剣に力を込めてくる。
チラリとロイズさんの方に目をやると、苦笑いを浮かべているが特に指摘するつもりはなさそうだ。
このまま単純な力では敵わない。一瞬強く力を込めて力勝負に応戦し、急激に抜く。それでバランスを崩させて、
「ふっ、いつも同じ手に掛かるか、よっ!!」
……さすがにもうこの手は食わないか。だったら……
「あっ!」
「へ?」
一瞬だけ視線を逸らして、意味ありげに叫んでやる。
その瞬間にできた隙を狙って、剣を軽く叩き込む。剣は絶妙な軌跡を描き、イアンの右脇腹に当たった。
「……そこまでっ」
勝負の決着が付いたことを宣言するロイズさんの一声。
「だぁっ! 卑怯者! 最後くらい正々堂々戦えよな!」
「私は使える技を使って、全力で戦っただけだよ」
憤慨するイアンを軽く流す。剣術の訓練を始めた最初の頃は拮抗していた力もここ1年ですっかり差がついてしまった。女の子の方が成長が早いといわれるが、1年分の歳の差と性別は覆せなかった。
私は速度と小手先の技でなんとか勝ち星を奪っているだけだ。
「まぁ、そうだな。今やっていたのは実戦訓練なんだから、相手の動きや言葉に惑わされた時点で、イアンの負けだ。
ただし、お嬢様も今のはイアン位にしか通じないからな。あと、左側からばかり攻める悪い癖が出ていたぞ。そのせいで攻撃が単調になってた」
「う~っ……」「はい」
「さて、今日の稽古はこれまでにしようか」
「「ご指導ありがとうございました」」
イアンは今の勝負について、ロイズさんに諭されるが、納得できていないようだ。まぁ、いつものことだから、明日になれば、またケロリと忘れて……ああ、そうだった。
「ロイズ様、今までおれに剣を教えてくれて、ありがとうございました!」
「4年か、過ぎてしまえばあっという間だな。
本当なら、まだまだ色々と教えてやりたいことがたくさんあるが……まぁ、少なくとも基礎はきちんと教えてやったつもりだ。これからも頑張ってくれ」
「はいっ!!」
イアンがロイズさんに深々とお辞儀をして、稽古のお礼を言う。
明日から、こうやってイアンと一緒に早朝の稽古を行なうこともなくなるのか。
「ねぇ、イアン、お風呂を沸かしてもらっているから、村に帰る前に一緒に入って汗を流してく?」
「え、あ、お、おれは訓練に走って帰るから!! 風呂は村で入るぜ!!」
練習用に刃を潰した剣をいつもの場所に立てかけると、逃げるようにして走り去っていく。
その様子が可愛らしくて思わず笑ってしまう。
「……悪女め」
私たちのやり取りを見ていたロイズさんが、ポツリとそう呟いた。
……そんなことありませんよ?