10歳:「月明かりの下での密会」
今日も夜空で双つの月が、美しい輝きを放っている。
小さい月をルナ、大きな月をディナと呼び、それはそのまま双子である月精霊の名前となる。
私は高度を調整し、最近すっかり降り慣れてしまったベランダへと着地した。
そして、飛行と姿隠しの魔術を解除する。
いつもならば、彼の方が先にいて、私のことを待っているのだが……。
カチャリと扉が開いて、雪のような白い髪が特徴的な少年がベランダに現れる。
その片手に茶器を乗せたお盆を持っていた。
「もう来てたのか、ユーリ。すまない、待たせてしまったか?」
「いや、丁度今到着した所だよ。それよりもそれは?」
「そうか、それは良かった。ああ、珍しい茶の葉をもらったから、ユーリと一緒に飲もうと思ってな。
この間、美味しいと言ってくれた菓子も用意しているぞ。だから機嫌を直してくれ」
「別に少し待ったくらいで怒ったりしないよ。そもそも、そういうのを気にする集まりでもないしね。
ところで、君は私のことを食いしん坊だと思っていないかな?」
「違うのか?」
「一度、フェルとは私のイメージについて、じっくり話し合う必要がありそうだね」
今ここにいるのは、ユリアでもないし、フェルネでもない。
ユーリと呼ばれている私とフェルと呼んでいる彼による2人だけの秘密の会合。
この奇妙な会合も今回で5回目になる。1日置きに開かれているから、フェルと知り合って9日目か。
それが、もう9日目なのか、まだ9日目なのかは微妙なところだ。
「だって、ユーリの話題は、今日は初めて何々を食べたとか、屋台で買った何々が意外と美味しかったから始まるじゃないか」
「うっ、最初は無難な話題を選んでるだけだよ」
「そうか? その割には食べ物の話の時は、いつも熱心じゃないか」
「……食べ物を美味しく食べれるのは、幸せなことなんだよ?」
「ぷっ……あははは、まさに食いしん坊の言葉だよ、それは……あははは……」
私の言い方がツボにハマったのか、ふてくされる私に遠慮なく笑う。
その笑顔が、歳相応の10歳の少年のものに見える。
私とは別の意味で、大人にならざるを得なかった少年の笑顔を見て、怒る気持ちにはならず、まぁ、いいかと言う気分になる。
「それで、そのお茶はご馳走してくれないのかな?」
「くくくっ、まぁ、今淹れるから少し待ってくれ」
ヤカンからティーポットにお湯を移し、待つこと2分ほど。フェルがティーポットを傾けて、お互いのカップに琥珀色の液体を注ぐ。
辺りにお茶の芳香が漂いだす。
「高そうなお茶だね……」
「さぁ? 値段は気にしたことがないから分からないな。でも、美味しいお茶であることは保証する」
飲むように視線で薦められ、一口すする。
お茶の良い香りをがそのまま口に広がり喉に滑り落ちていく。口の中に変な後味が残るわけでもなく、すっきりとしている。
「美味しい……」
「そうか良かった。お茶の葉もたくさんもあるから気にせず飲んでくれ」
「さて、一昨日は何の話をしてたっけ?」
「使用人に剣術の使い手がいて、弟子入りをしたと言う話だったな。今日はまず、その稽古内容について話してもらおうか」
「あんまり面白い話でもないと思うけど?」
「ユーリの話なら何でも面白い、話してくれ」
大人びていると言っても男の子なのだろう、剣術に憧れがあるようだ。分からなくもない。
テーブル越しに、光の加減で白いオパールのような色合いを魅せる瞳が私を見つめる。
さて、2巡り(20日)前は、こんなことになるとは思ってもいなかったな…………。