5歳:「豊穣祭と贈る花の色(1)」
「それじゃあ行ってきます」
「ユリィちゃん、ロイズさんの言うことをシッカリと聞いてね? それとハンスさんとアイラさんをくれぐれもよろしくね」
馬の上から母親とシズネさんに出発の挨拶をする。
しかし、お母様の目がマジ過ぎる。とりあえず、肝心のシーンを見逃したりしたら、後が怖いな……頑張ろう。
オレは、ウェステッド村で行なわれる豊穣祭に参加するため、ロイズさんと馬で向かうことになっている。
1人でも大丈夫だと言ったのだが、「心配だから」と涙を流しそうな顔をされたら、断わるわけにもいかない。
「ロイズさん、ユリィちゃんをお願いします」
「畏まりました、マリナ様」
「バーレンシア夫人のことは、あたしに任せて2人とも楽しんでおいで」
「はい、お母様をよろしくお願いします」
「あははは、あの話を聞いた後でも、変な感じだね」
あの告白にもかかわらず、あまり皆の様子は変わることがなかった。
ただ、シズネさんだけは、オレの大人びた口調に慣れないのか、今も笑いながら誤魔化していた。
母親とシズネさんは手に2輪ずつ黄色の花を持って、オレたちを見送ってくれている。
“日頃の感謝”を意味する黄色の花は、オレとロイズさんがそれぞれ1輪ずつ贈ったものだ。
豊穣祭は、日が沈むと同時に始まり、火を一晩中焚いて夜通し騒ぎ続けるらしい。
今から移動すると、大体日暮れ前に村につける予定だ。昼間はバッチリお昼寝をさせられた。
母親は、魔術のおかげで体調は悪くないが、念のために祭りへの参加は見合わせ、シズネさんも参加せずに母親の付き添いで屋敷に待機しておいてくれることになっていた。
父親は朝早くから出かけていって、細々とした祭りの最後の調整をしているらしい。
普通、領主が率先して地元の祭りの調整をすることなんてないらしく、うちの父親がレアケースなのだ。
ただ、絶対的な裁定者がいるというのは便利らしく、父親が赴任してきてから祭りの進行が滞ったことはないらしい。多少の問題ならば、父親の下す裁定一つでほぼ解決するからだ。
ちなみに、父親が裁定によって誰かから恨まれたことはないという。
実力なのか人徳なのか、あるいは両方なのだろう。
アイラさんは3日前(出産の翌日)からお屋敷の仕事はお休みして、祭りのメインイベントの予行練習みたいなことをしていると聞かされた。
母親と出産の途中に緊張で倒れた(ということになっている)オレのことをかなり気にしていたらしいが、父親が説得したらしい。
ちなみにハンスさんの姿を見かけないなぁと思ったら、アイラさんと同じく3日前から村に泊りがけで祭りの準備に手を貸しているそうだ。
ロイズさんの扱きに比べれば、遥かにマシだと喜んで手伝いに向かったようだ。
ウェステッド村では村長宅、つまりアイラさんの実家で寝泊まりをしているらしく……母親の策謀を感じなくもない。
順調にアイラさんとの親密度を上げているに違いないだろう。
そんなわけで、アイラさんは元より、ハンスさんにもオレの話はしていない。
父親からは、ハンスさんに秘密のことを話すかどうかはオレに判断を任すと、先に言われてしまった。
オレの秘密はあの場にいた者同士の秘密にすると言ったが、そもそもがオレ自身の問題だから、オレが決断するべきだと言うのだ。
ただ、ハンスさん以外の人物に秘密を明かす場合は、できることなら事前に相談して欲しいとも言われた。
今日の豊穣祭が終わって、母が落ち着き次第、シズネさんとハンスさんは王都に戻ることになっている。
その前に決断しなくてはならない。
話すにしろ話さないにしろ、焦らずに対応しようと思う。




