5歳:「ワガママと家族の形(3)」
死ぬ!
オレはこのまま死ねる!
「あの、お母様、そろそろ……」
「もうちょっと……ね?」
母親がベッドの端に腰を掛けて、オレを太腿の上に乗せて、後ろから支えている。
まぁ、客観的に言うとオレは母親に抱っこされている。主観的に言っても同じだけど。
ついでに頭なでなで付き。
「うふふ、ユリィちゃんてば、真っ赤になっちゃって可愛かったわぁ……」
うーわー、恥ずかしぃー、恥ずかし過ぎるっ! もうオレの恥死量はオーバーよ!
「さて……マリナ、ユリア、そのままでいいから、僕の話を聞いて欲しい」
「なにかしら?」
「うう……?」
そのままっ! まだこの恥ずかしい体勢でいろとっ!!
オレの必死の眼差しは父親には届かなかったようだ。うん、抱っこで照れるような両親じゃないのは知ってたさ。オレが恥ずかしがっているだなんて、父親の想定外なんだろう。
「ロイズさんとシズネ殿も聞いて下さい。僕は、ユリアが告白してくれた内容をこの場にいる者だけの秘密にしようと思います。
特にユリアが【霊獣の加護】持ちであることが広まると、色々と面倒なことになりますから」
「俺もその意見には賛成だ。
子供なので養子に、未婚の女性だから婚約者にと、【霊獣の加護】持ちであるというだけでお嬢様を求める家は多いだろうな」
「……そうなのですか? 普通は自分と相手の家柄とかを気にしないのですか?」
「家柄を気にするからだ。身内に【霊獣の加護】持ちがいるというのは、それだけで名誉なことなんだよ。
過去に【霊獣の加護】持ちというだけで、王家に嫁いだ農民出身の女性がいたくらいだ」
「ええ、バーレンシアの本家は位こそ高くないですがこの国では名門と言えます。
しかし、僕とマリナはバーレンシア家の中でも傍流になりますから、ユリアが【霊獣の加護】を持っていることを誇るよりも、断わり切れない養子縁組や縁談を持ちかけられないように動くべきです。
少なくとも、ユリアが成人するまで10年の間は、公表は控えた方がいいでしょう。シズネ殿も秘密を守っていただけますか?」
「ああ、〈小さき月精霊〉の名の下に口外しないと誓うよ」
父親の顔がホッと緩み、再び引き締めた後で、オレの方を向いた。
「ユリア、ああ、えっと、ユリアではなく転生前の名前で呼んだほうが?」
「いえ、今の私はユリアですから……むしろ、ユリアの名で呼んでください」
「ありがとう……。それでね、ユリア……君は、君の力を、君自身のために使って欲しいんだ。
例え、僕やマリナが何かを頼んだとしても、君は自分の意思できちんと決断をして欲しい……ユリアなら、それができるだろう?」
オレは、父親の突然の質問に、少し戸惑ってしまった。
けど、冷静に考えれば……今のオレは……
「さっき聞いただけでもユリアの力と影響力は計り知れない。
〈宝魔石〉をほぼ無制限に作れるのが本当ならば、それだけで国の軍事や経済に混乱を招きかねないんだ」
と、なるのだろう。
魔術だけに限ったことではない。
オレの記憶の中には、あらゆる先人の“発明”が詰まっている。
そして、発明というものは、それだけで財力にも武力にもなる。
例えば、この世界でマルチ商法を行なったらどうなるだろうか?
前世の世界では、とっくの昔に違法とされた行為であるが、この世界においてはまだ禁止されていないだろう。
なぜなら発明されていないからだ。
もちろん、悪意のあるケースだけではなく、予防接種に代表されるような人の命を救う発明だって多くある。
「もし、気になったことがあれば、今でなくてもいいから、遠慮なく此処にいる誰かに相談して欲しい。
僕は君の父親だし、ロイズさんやシズネ殿だって、君の事が好きなんだから」
「はい」
オレの表情を見て、こっちが不安を感じたことを悟ったのだろう。先に手を差し伸べられてしまった。
ああ、やばい、また涙が出そうになった。
少し涙腺が緩んでるのかもしれない。
「ところで、他に僕たちに話しておきたいこととか内緒にしていることはあるかい?」
「えーと、あ、村の子供たちにお勉強を教えてました。その、前世では小さい子供が勉強するのが当たり前だったので、つい」
「まぁ……魔術とかを教えているわけじゃないんだよね? それならあまり問題はないかな」
「あとは大したことじゃないと思いますけど、剣術を学びたいですとか、お風呂を造って欲しいですとか、書斎の本を自由に読みたいですとか、ジルが霊獣ですとか、さっきからこの体勢が恥ずかしいですとか」
「ん……? ジルが何だって?」
「え? ジルは〈プラチナウルフ〉なので、ちょっと珍しいですよね?」
……このセリフで、もう一悶着があったけど、詳細は割愛する。