5歳:「ワガママと家族の形(1)」
「旅行に行くなら、わたしはジーグ湖への行楽がいいかしら? いっそユーマンまで遠出しての観光もいいわね。
ユリィちゃんに、海を見せてあげたいわ」
「ええっと、お母様そうじゃなくて……」
「あら? わたし、何か変なこと言ったかしら?」
「私は私1人で旅に出ようと思っているのです」
キッパリと言い切った。ここで母親のペースに巻き込まれるわけにはいかない。
「そんな、ユリィちゃん1人じゃ心配だわ……それに、わたしも旅行は大好きなのよ?」
「私には魔術がありますし、大丈夫です。そもそもお母様と一緒のただの旅行なら、意味がありません。
私はこの家から出て行きます、と言っているんです」
「……ユリィちゃんは、この家にいるのがイヤになっちゃったの?」
「それは…………」
イヤじゃありません。そういうのは簡単だ。けれど……なんと言えば納得してもらえるのだろう。
オレが答えに困っていると、母親が父親に向かって相談を始めた。
「ねぇ、あなた、これが噂の反抗期なのかしら? ユリィちゃんが、尖った短剣みたいになって、盗んだ馬で走り出しちゃう? あらあら、どうしましょ」
困った風に全然見えないのが母親の性格なのか表情のせいなのか……。
「マリナ、僕には全然困ってないように見えるんだけど」
ああ、やっぱり父親も同じような感想なんだ。
「え? 別に困ってないもの。だって、ユリィちゃんて赤ん坊の頃からいい子過ぎて、ちっともワガママとか言ってくれないのよ? むしろ、ちょっと嬉しかったりして?
親として構ってもらえないのは寂しいじゃない」
…………。
「わたしが小さい頃なんてね、お父様にもお母様にも、お兄様にもいっぱいワガママを言ったのよ。
大きくなって、あなたに出会ってからは、あなたにもたくさんのワガママを言ったじゃない。
ねぇ、あなた? わたしのワガママがイヤだったかしら?」
「そんなことはなかったね。マリナのことは昔から大好きだったから、むしろ、ワガママを言われると元気が出てきたくらいだよ」
「ふふっ、わたしも、あなたのことがずっと前から大好きだったわ……」
……さりげなく惚気てるぞ、そこの似た者夫婦。
そして、母親の眼差しはいつの間にか、父親からオレの方に戻ってきている。
「さっきから、皆が話してるのは難しくて全部はよく分からなかったけど、ユリィちゃんが凄いってことだけは分かったわ。
だから、1人で旅に出ても困らないのかもしれない。けどね、ユリィちゃんが1人で旅に出ちゃうのはイヤよ。だって、もう二度と戻って来ないみたいな言い方だったもの」
うん、その通りです。戻ってくるつもりは……ありません。
「ユリィちゃん……。ユリィちゃんが、自分の為にこの家から出て行くっていうなら、わたしは止めないわ。
旅に出るのは、ユリィちゃんのワガママなの?」
「えっと……私がいると、きっとお母様やお父様が……」
「わたしたちの話を聞きたいんじゃないの。わたしの“気持ち”は、わたしのものよ?
ねぇ、ユリィちゃん? ユリィちゃんの本当の“お願い”を教えてちょうだい?」
「…………」「…………」「…………」
父親も、ロイズさんも、シズネさんも、黙ってオレと母親のやり取りを眺めている。
母親の視線がオレの瞳の奥を刺し貫いて、オレの弱い所を責め立てる。
「……ずっと家族で居たいです。お父様やお母様と一緒に……居たい、です」
「ふふっ、可愛いワガママね。ほんとユリィちゃんてば、いい子なんだから」
……一緒に居て、オレは此処に居て、いいのだろうか?
「けど、それじゃあダメね」
…………え?