3歳:「朝、目覚めて……(1)」
眠っていた意識がゆっくりと浮上し、パチリと目を覚ます。
オレは身体を起こすと、這うようにしてベッドの端に向かう。
上手く身体を回して、足からベッドをおりる。
もぞもぞと寝巻きを脱いで、ベッドのそばに畳んである服を手に取る。
慣れない内は時間が掛かったが、今では1人でも着替えることができるようになった。
着替えが終わったら、ペタペタと部屋を歩いて、姿見の前まで移動する。
鏡に向かってニコリと微笑むと、目の前の鏡に映っている愛らしい子供が微笑んでくれた。
『われおもうゆえにわれあり・・・』
オレの記憶に残る、哲学的に有名な言葉を呟く。
これは物心がついてから、毎朝の行なっている日課だった。
そろそろ、この日課を止めようかと考えている。
それは、今のオレの状況が決して夢ではなく、現実なんだと認めることでもある。
オレの名前は大杉健太郎と言った。しかし、大杉健太郎は、名前からも分かるように黒髪黒目の純粋な日本人で、20歳ちょうどの大学生だった。
決して、淡いシルバーブロンドに綺麗な青い瞳、まるで人形のような3歳児ではない。
今のオレの状態を一行で説明するなら、“前世の記憶を持ったまま転生をした”となる。
最近になって急激に「前世の記憶」を認識できるようになってきた。
元の世界の雑学として、人間の脳というのは、生まれてから3歳になるまでの間、外部からの刺激によってニューロンが急速に増え、それにともない脳の機能が発達するらしい。
容量の小さいコンピュータに、大量のデータを処理させようとしてもうまくいかないのと一緒で、未発達の脳には「前世の記憶」を処理することが難しかったのだろう。
後になって母親から、よく寝る赤ん坊だったと聞いた。
それは「前世の記憶」が乳幼児の脳に対して負担になっており、脳を休ませるために身体の防衛機能が働いていたんだろう、と推測できる。
生まれてから3歳になるまでの記憶は大部分がおぼろげで、ほとんど本能のままに正しい赤ん坊ライフを送っていた。
赤ん坊は1人で食事もできないし、それどころか、立ち上がったり、自分の意志でろくに動くこともできない。
つまりは、食事や下の世話を人にみてもらう必要があると言うことだ。
正直、母親が綺麗な女性だったのは役得だと思う。が、色々と突き詰めると3歳児にして人としての道を踏み外す気がするため、あくまで、自分は重態の患者と同じだった、ということにして精神の平静を保とうと思う。
閑話休題。
大杉健太郎だった頃のオレは神を信じていなかったけど、今ならば、そういう超常的な現象もある程度は前向きに信じられるかもしれない。
人間の記憶は脳に宿る、という科学的な常識が、自らの経験によって覆されたのだから。
最初は、子供になった夢を見ているのだと思っていた。けれど、明晰夢だとしても、今体験していることは異常なまでに詳細で、オレの意識はハッキリとし過ぎている。
3歳の誕生日が過ぎ、前世の記憶をきちんと認識できるようになってから、オレは、毎朝、自分の姿を鏡に映し、日本語を発言し、そして、これが夢ではないことを再確認していた。
それも今日までにしよう。
オレは、この新しい人生を生きていく。
目下の目標は、楽しく人生を送れるように努力することにしよう。