5歳:「祈りにも似た強い願い(2)」
「限界だ……これ以上、時間を掛けるのは危険だね」
崩れそうな何かを必死に支えるような声で、シズネさんが静かに宣言をした。
父親と母親の視線が交差し、一瞬だけ、オレの方を向く。
「……ガーロォ・バーレンシア、切開の準備は良いかい?」
「ああ……」
握り締めていた父親の手がするりと離れた。
切開……? 切開とは、読んで字のごとく「切り開く」ことだ。
その準備? ああ、父親が切れ味の良さそうな短剣を取り出した。
何を? 何を切る?
言葉が、うまく、処理、でき、ない。
母親が小さくシズネさんに何かを呟いている。
と、シズネさんが、オレの目の前にやってきた。
「ユリアちゃん、お母様が近くに来て欲しいって」
オレはシズネさんの手に押されるがまま、母親の近くに寄せられる。
「はぁはぁ……ユリィちゃん……あのね……んっ……」
「なに? お母さま?」
痛みを堪えながら、ジッとオレの眼を見詰める。何かを決意した強い眼差し。
「お利口さんのユリィちゃんに、こんなことは改めて言うまでもないけど……。
これからも、お父さんの言うことをよく聞いて、2人のいいお姉さんになってあげてね?」
「…………」
「ユリィちゃん、返事は?」
「わ、分かりました」
「うん、ありがとう……」
どうして? そう聞き返しそうになった。その言葉を今言う必要性は……必要性があるとしたら、それは……。
「あなた、子供たちをお願いね……?」
「ああ…………マリナ、タオルを噛んで……」
帝王切開。
簡単に言えば、母体を切って赤ん坊を取り出す外科的処置。
医療技術が発達した前世の世界においては、むしろ、自然分娩よりも安全な出産方法とされていた。
「んんんんっ!!!!」
麻酔は? この世界の医療技術は、それほど発達しておらず、そんな薬は普及してないのかもしれない。
なら、魔術は? ……オレは、生まれてから、自分以外の誰かが魔術を使っているのを見たことがない。
――何らかの理由で魔術の使用が制限されているとしたら?
母親が必死に痛みに耐えている。
麻酔の代わりになるような魔術もない状況……その先にあるのは……?
…………。
「……んぎゃぁ、んぎゃあ」
沸きあがる新しい産声、それと同時に糸が切れた操り人形のように倒れこむ母親。
誰も血を流して倒れている母親に何の処置もしようとしない。
父親は、ただ静かに意識のない母親の髪を手で梳いている。
このまま、母親を放置していたら…………?
「《大いなる力は……」
周りに人がいることも忘れ、オレは無意識のうちに“ルーン”を紡ぎ始めていた。