5歳:「忘れられない夜の始まり(3)」
その後、シズネさんの指示は素早かった。
「まず、コーズレイト殿は馬でガーロォ・バーレンシアを呼びに向かってください。
アイラさんは、鍋でお湯を沸かす準備をしてちょうだい。それと何か手軽に食べれる物を用意して。
ハンスさんとユリアちゃんは、この部屋に洗い立てのシーツやタオルなど、布類を集めて……その前にハンスさんは、汗を拭って体を清潔にするのが先ね」
その素早い指示が頼もしく、誰も異論を挟むことなく従った。
そうして、半刻(1時間弱)ほどで客室の一部屋が出産のための部屋として、準備が整った。
ハンスさんは、アイラさんの手伝いに台所に行っていた。
オレは、その部屋の前の廊下で、アイラさんが用意してくれた椅子に座って静かにしていた。
『バーレンシア夫人、具合はどうだい?』
『ん……今は痛みが少し治まっています』
『そうかい、まだ少しかかりそうだね……それで、…………だね?』
『はい、先日…………通りにお願いし……』
母親とシズネさんの会話が扉越しに少し聞こえてきた。
聴力を上げる魔術を使おうかとも思ったが、シズネさんの意識が乱れるとマズイことに気づき、自粛する。
さらにその一刻(2時間弱)後、表の方から馬の駆ける蹄の音が聞こえてきた。
その間も、部屋の中からぼそぼそと話し声が聞こえてきたり、アイラさんやハンスさんが様子を見に来たりしていた。
父親がやってくるのと同時に、部屋の中からシズネさんが出てきた。
「今戻りました! シズネ殿、マリナの様子は?」
「まだ破水は起こしてない。ただ陣痛の間隔が短くなってきている。これから一刻が山場になるだろうね」
「そうですか……」
「……ガーロォ・バーレンシア、バーレンシア夫人に最後の確認は取った。後は先日の相談通りに。
ひとまず、台所でお湯を用意しているから、それで体を拭いて、それから清潔な服に着替えてきておくれ」
「分かりました。ユリア、一緒に来なさい」
「はい……?」
何故、オレが呼ばれたのだろうか?
「僕たちは今から、体を清めて、新しい服に着替える。
それが終わったら、2人で、シズネ殿の手伝いをするんだ」
「!?」
え?
「そこまで、ユリアが出産の手助けになるとは、思ってはいないよ。
ただ、今回の出産にユリアを立ち会わせるのは、マリナの希望なんだ」
「お母さまの?」
「ああ……ユリアは、女の子だから、いつか母になるために子供を産む。だから、その時のために、少しでも母としての思いを伝えたい……んだそうだ。
もちろん、ユリアが母になるには“まだまだ早過ぎる”と僕は思うけどね」
「……分かりました」
うん、セリフのアクセントの付き方が父親らしくて、不覚にも笑いそうになってしまった。
そして、母親が母である部分をしっかりと再認識させられた。
いつもは天然で若い女の子っぽくても、子供を産んでくれた母であるのだ。
やっぱり、母は強しってヤツなんだろうか。
ココロが温かい気持ちに包まれる。
神様、ありがとうございます。
オレを送り出した元の世界の神様とオレを迎え入れてくれたこの世界の神様。
見たことも話したこともないけれど、オレをこの2人の下に連れてきてくれたことを感謝します。