5歳:「忘れられない夜の始まり(1)」
「ジルー、ご飯だよー」
「がうっ!」
結論から言えば、〈プラチナウルフ〉の子供は、屋敷で飼えることになった。
名前はオレが付けた。“ジル”というのは、《銀》の意味を持つ“ルーン”から取ってみた。
オレがこっそり魔術で足の怪我を癒すと、ジルはとても大人しく、従順になった。
念のため、魔術でジルの瞳の色を毛皮と同じ焦茶色に変化させておいた。
霊獣であることは、いつかバレるかもしれないが、あまり簡単にバレない方がいいだろうと思ったからだ。
ウエスエッド村で戻ってきた父親に、オレがジルを飼いたいことを伝えると、あまり良い顔をしなかった。
想定内の反応だったため、すかさず《愛娘の最終必殺技》で撃沈させておいた。親バカじゃなければ、悲しげな顔をした娘のおねだりを簡単に断われるだろう。
そして、父親は典型的な親バカです。
そのまま一度、屋敷に連れて帰った。母親はジルの可愛らしい仕草を見て一発で賛成。
ロイズさんは少し顔をしかめていたが、積極的に反対をすることはなかった。
こうして、母親の出産より先に、我が家に新しい家族が増えた。
「ジル、待てっ……、お座り……、伏せっ」
「がふっ……がうっ……」
オレの指示に従い、ご飯を前にうつ伏せの体勢になる。
ばっちりオレのことをボスとして認識しているようだ。
目がご飯に釘付けなのはご愛嬌だろう。
やはり知性が高いからか、「待て」などの合図を一度教えただけで覚えた。
人の話だけではなく、オレが魔術を使えることも何となく理解しているようだった。
『グロリス・ワールド』における“使い魔”は、プレイヤーキャラクターの補助をしてくれる自立型キャラクターのことだ。動物や妖精、モンスターなどを手懐けて“使い魔”にする。
霊獣は、その特性として、魔力に対する感覚が鋭く、魔導を持っていることが多い。
『グロリス・ワールド』では“使い魔”にした霊獣に、魔術を習得させることも可能だった。
ちなみにジルを魔術でチェックしたところ【身体強化】の魔導を持っていた。
その名の通り、意識するだけで自身の身体を魔力で強化する魔導だ。
「よしっ」
「がうっ! あむあむ……」
霊獣が生まれるには2通りのケースがある。
普通の動物同様に、番となった親から生まれるケース。
ただし霊獣の場合は、番になるのは全く同じ種でなくても、種が近しいモノ同士ならば子を生せるらしい。
もう1つが、世界を巡る魔力から自然と生み出されるケースだ。
多分、ジルはこっちのケースで生まれたと思われる。探せば同じ種である〈プラチナウルフ〉はいるかもしれないが、ジルと血の繋がった家族はいない。
「ジル……お前とわたしは同じなのかもね」
「がう?」
「ううん、なんでもない」
心配そうなジルの頭を撫でてやる。
「ほら、わたしのことは気にしないで、たっぷり食べてね」
「がう……はむはむ……」
オレには血の繋がった両親共に揃っているが、オレはその両親に嘘をついている。
それは必要なことだと、自分で理解しているし、納得もして割り切っていた。
ジクリ……と、胸の奥が微かに痛んだ。