15歳:「生活に役立つ研究(1)」
「ああ、こりゃ失敗だな……」
「ダメでしたか……うーん、まだ威力の強さに問題がありますね。
やっぱり時間をかけてゆっくりやった方が?」
「いや、それだと、魔力の効率が悪いだろ……誰もがバーレンシア君みたいに無尽蔵な魔力を持っているわけじゃないんだ」
ボロボロになってしまった布切れを前に、ソニア教授と一緒に溜息をつく。
「やっぱり《渦》のルーンだと水の勢いが強すぎると思うんです。かといって弱い状態を維持するのは、それはそれで魔力を使いますよ?
やっぱりルーンは《流》を中心に考えた方がいいんじゃないですか?」
「そっちの手段はいくつか試して上手くいかないから、視点を変えたんだろ。
メインとなるルーン《流》に戻る前に、何かいいルーンがないかもう少しだけ検討してみよう」
ぐいっと両手を頭の上で伸ばして背伸びをする。
その動きにつられて、とてもいい感じで縦に大きく揺れる。
「ん? バーレンシア君、何か言いたいことがいるのかな?」
「え、いや……」
もにょもにょと口篭ってしまう。いや「豊かな胸に見蕩れてました」なんて、まったくスケベオヤジか、私は……
いや、まんま精神年齢的には、そろそろオヤジなのは間違いでもないかもしれないけど。
「……あ、そうだ、今日もお弁当を多めに作ってきたので、いかがですか?」
気持ちを切り替えるため、休憩の提案をしてみる。
「それはいいな。うむ、ご相伴に預かろう。
バーレンシア君は、時々奇抜な料理を持ってくるが、どれも美味しいのが嬉しいな。
ボクは、美味しい料理が大好きだ」
うん。そこはすごく共感できる。
先日連れて行ってもらったソニア教授いきつけの食堂は、本当に美味しかった。
ただ、研究やキノコに没頭すると食事をすることさえ忘れるのだが……そこは共感できない。
食事は生きていく中で大切なことの1つだと思うのだ。
最近では、こうして2人分の食事を用意して研究室に来る癖がついてきた。
なんかますます世話女房っぽくなってきている気がするのは、気のせいだといいけど。
リギーがお茶を淹れてくれる横で、私は持ってきたバスケットからフレンチトーストを取り出し、お互いの分をそれぞれの皿にわける。
「しかし、洗濯というのも奥が深いな。ただ水につけてグルグル回すだけで十分だと思ったが、そうもいかない……あむっ」
ソニア教授は結構な甘党らしく、お菓子を持ってくると子供のように目を輝かせる。
今もお茶の用意が整うのも待たず、さっそくフレンチトーストを嬉しそうに頬張り始めた。
「確かに水は汚れを落としますけど、洗濯は布と布とを擦れ合わせて汚れを落としている面がありますからね」
ソニア研究室、本日の研究課題は「魔術で効率よく洗濯を行なうにはどうすればいいのか?」だ。
「もぐもぐ……ごくごく……ぷはっ。まったく人間の手とは真に精密にできているものだ。
手作業でやろうとしていることが魔術だと難しい」
「魔術だと、服に回復魔術かけちゃった方が楽ですけどね」
「わざわざ服の洗濯で回復魔術を使おうと考えるのは、バーレンシア君くらいだよ」
面白いことに、物品に回復魔術をかけると汚れを落としたりすることができる。
もうずいぶん前の話になるが、怪我を治した時に回復魔術を使って治療したのだが、服についていた血が少し薄くなっていたことから気づいたのだ。
それで創ったのが浄化の魔術だ。ソニア教授に見せたところ、すごい面白がられたのが、ついこの先日の話だった。
どうやら、魔術を使って物品を加工する魔術はあっても、「綺麗にするだけの魔術」という発想はなかったらしい。
ただし、人を治すより、衣服を綺麗にする方が必要となる魔力の消費が激しいので、普段使うのに便利な魔術かというと微妙なところだ。
ああ、高級な布地を使ったドレスについた汚れを消すのには便利かもしれない。
できることが多いに越したことはないと思うけどね。