15歳:「講義/建国の英雄」
『王国史』というのは、その名の通りラシク王国の歴史についての授業だ。
これが魔術にどう影響するのかといえば、まったくと言っていいほど意味はない。
……日本の大学に例えるならば、一般教養と呼ばれる授業に近いだろう。
名目的には、将来王宮に勤める可能性の高い学生たちが、基礎教養として自国の歴史を知っておくことも必要であるためとされている。
あくまで魔術師専攻科の教授による講義であり、受講者は魔術師専攻科以外からの科から参加している学生がほとんどだ。
逆に魔術師専攻科生の出席率は低い。
その理由は魔術師専攻科の学生は家庭教師などを雇える身分にある貴族の子弟が多いため、今更『王国史』を学ぶ必要はないからだ。
実際の所、私も書籍などである程度、王国の歴史は知っていて、講義の内容の8割ほどが既知であることが多いので、ルノエちゃんに付き合って受講しているようなものだ。
そもそも、フェルベル学院では入学試験で魔術実技が試される。
この時点で一般的な家庭では、かなり無理が出てくるのだ。
なぜなら、例の〈発動具〉のせいだ。
魔術を実際に使うには〈発動具〉を持つことができる立場にいないといけない。
〈発動具〉を用意できればよし、そうでなくとも教師として〈発動具〉を持っている魔術師を雇う必要がある。
必然的に実家がお金持ちの貴族や豪商である者だけが、魔術師専攻科に入学できる可能性があると言える。
「あ~、そういうわけで、ラシク王国の初代国王アルクオード・ラシクリウス様がご生誕なさったのが、ラシク村と呼ばれる農村であったことは、有名な史実ですな。
当時の大陸東部は、20以上の勢力にわかれ、大陸東部の覇権を争っていた時代にお生まれになったわけじゃ」
『王国史』を担当する教授は、老人の男性で白髪で胸まで届く白い顎鬚を生やしている。
前世の絵本などに出てきた魔法使いのおじいさん、もしくは痩せているサンタクロースが近いかもしれない。
「アルクオード様が成人となった日に、“予言の御子”アーケによって大陸東部をすべる覇者となる、という予言を受けたことから、村から旅立たれる。
そして、その先々でアルクオード様はラシクリウスの六将となる傑物たちとの出会いを経て、ラシク王国を建国するのじゃな」
この辺りは、若干神話じみた英雄譚が続く。
やれ、“万剣の戦士”シューベイルは一度剣を振るうと万の兵士を切り倒すとか、“湖沼の賢者”ハーバリアムは話術によって国を1つ滅ぼしただのなど、そういった話は枚挙にいとまがない。
ただ、確定的とされる史実によれば、初代国王の下には重要な6人の配下がいたことは確かなのだ。
そのうち5人の血筋は、今でもラシク王国で名門として呼ばれている。
“万剣の戦士”シューベイルを祖とするエイツロンド家。
“湖沼の賢者”ハーバリアムを祖とするオンクォート家。
“聖歌の双子”ノイラとノイルの双子を祖とするファズノイラ家とフォズノイル家。
“白亜の貴婦人”フレーラを祖とするラシクレンペ家。
ちなみに、フレーラはアルクオードの義母にあたる人物で、家名からもわかるとおりマルグリッド嬢の先祖でもある。
「……というわけで、今も王国守護の大役を担っており、いずれもラシク王国にはなくてはならない名家である。
唯一例外がアーケ様ではあり、ラシク王国が事実上の東部統一をなすと同時に、王国史からその名が消えておる。
その理由については諸説あるのじゃが……」
六将には、初代国王の最初の配下にして“王の導き手”とも呼ばれる“予言の御子”アーケも含まれる。
しかし、その血筋は他の5人と違って不明であった。
噂ではラシク王国を影ながら支配する一族がいて、それがアーケの子孫であったり、本人であるといわれていたりする。
まぁ、根も葉もない与太話に過ぎないけど。
この講義はつまらないわけではないし、教師も実力のある教授なのだが……いかんせん、貴族への賛美がしつこいのだけが玉に瑕だなぁ。