15歳:「中庭でランチを(2)」
「ところで、そちらのあなた、わたくしとどこかで会ってないかしら?
見覚えがあるのですけれど」
「え、えっと……わたしもラシクレンペ様と同じ魔術師専攻科ですので、いくつかの授業でご一緒させていただいておりますから、時々すれ違っておりますので、それではないかと……」
ルノエちゃんは、マルグリット嬢と目を合わせないように俯きつつ、普段の口調より若干早口で答える。
いつもとちょっと様子が違う感じだけど……マルグリット嬢の前で緊張している?
マルグリット嬢は、良いのは家柄だけではなく、魔術師としての才能もあり、フェルベル学院でも10年に1人の天才とか呼ばれている。
私が受けたのと同じ入学試験を受けており、堂々と首位の成績を修めている。
噂では、すでに彼女の所属をめぐって何名かの教授の間で熾烈な駆け引きが行なわれているとかいないとか。
そんな彼女の前ならば、多少緊張してもおかしくはない、とは思うけど。
「そうなの? あなた、名前はなんていうのかしら?」
「あの、その……ルシエと申します、家名はありません」
ルノエちゃんが「家名はない」と言ったとき、マルグリット嬢が一瞬考えこむような素振りを見せた。
「家名はない」ということは、ルノエちゃんが地位の高い生まれではないことを示している。
都市部に住んでいたり、一定以上の階級の人は家名を持っている。
もちろん、セラちゃんのように種族の伝統によって家名を持たないこともあるが、ルノエちゃんはどこからどうみても人間だ。
けど、聞き間違え……かな? ルノエちゃんが「ルシエ」と名乗ったように聞こえたんだけど。
「……その名前は記憶にないわね。わたくしの思い違いだったかしら」
マルグリット嬢がルノエちゃんをじっと見詰める。
けどそれは、ルノエちゃんを蔑むような目ではなく、どこか感心するような温かい目だった。
そして、マルグリット嬢が何か口を開こうとしたとき。
「お待たせしました、お嬢様。
講義が終わったあとで、教授に掴まってしまいまして……申し訳ありません」
「!?」
「あ、大丈夫だよ。私たちも今さっき来たところだから」
ちょうどシュリが中庭にやってきた。
「ウェステッド様……?」
「ん? ああ、これはマルグリット・ラシクレンペ様、ご挨拶が遅れて失礼いたしました。
足の御加減はいかがですか?」
「あっ、お蔭、さまで……歩くだけでしたら、なんの支障もありません」
「それは良かったです」
ん?
「ウェステッド様のおかげです。
あの時は、その、本当にお世話になりまして……まことにありがとうございました」
「いえ、大した事をしたわけではありません。それよりも大事がなくて良かったです」
隣を見ると、ルノエちゃんもやや呆然と2人の、というかマルグリット嬢の変化に戸惑っているな。
「と、ところで、ウェステッド様……」
「はい、なんでしょうか?」
「先ほど、どなたかをお嬢様と……? それに何か待ち合わせをしていたかのような……」
私の方をちらりと見て、視線をシュリへと戻す。
「あっ、はい。
私はバーレンシア家から後見を受けておりまして、お嬢様というのはユリア・バーレンシア様のことです。
今日はお昼をご一緒にということでしたので」
「そ、そうでしたの……ああ、わたくしは行く所がありますので、これで失礼いたします」
それだけ言い残すように、足早に中庭から立ち去っていった。
えー、あー……何だったんだろう?




