15歳:「中庭でランチを(1)」
意識が戻ってきたソニア教授と、今後私が補佐する予定の研究について簡単な話し合いをし、私は研究室をあとにした。
途中の屋台でお昼ご飯を買って、待ち合わせ場所である中庭に到着した。ちょっと早く着きすぎたのか2人の姿はまだない。
木陰に座って、手提げカバンから水筒を取り出す。
火の季節特有の暑さも日差しを避けるだけで大分和らぐ。
「ん~……《熱を放ちて冷やす》」
小さくルーンを唱えて魔術を発動させる。水筒の中のお茶から熱が奪われ、空気中に散っていく。
熱力学の定説を無視した現象。魔術のおかげである。
あまり派手なものは使いにくいから、こうしてこっそりとその恩恵に預かるだけだけど。
いや、「おちこぼれ魔術師」という立場も、これはこれで面白いのだ、結構。
ほどよい温度まで冷したお茶を一口飲んで、喉を潤す。
このお茶は屋台のサービスでもらったものだ。
屋台の隣にある椅子に座って食べるときはコップを貸してくれるが、水筒を持っていけばこうしてお茶を注いでもくれる。
このドリンクサービスは『バーレンシア商会』で私が始めたサービスだ。
お客の評判がよく、それを聞いた商人たちが真似をし始めて、今では軽食を扱う店の定番サービスの1つとなっている。
良いと思ったスタイルをバンバン取り入れていく、この世界の人たちはバイタリティが旺盛だと思う。
「お待たせしました!
すみません、ちょっとお昼を買うのに手間取っちゃっいまして……はぁはぁ」
「そんなに焦らなくても良かったのに、シュリもまだ来てないしね」
ルノエちゃんは短く速い呼吸をして、乱れた息を軽く整える。
暑い中走ってきたのだろう、オデコや首筋にがっつりと汗が浮かんでいる。
ハンカチを取り出して汗をぬぐいつつ、私の横に腰を下ろす。
「あら、そこにいるのは、ユリア・バーレンシアじゃありませんの?」
ん? この声は……
「これはこれは、マルグリット・ラシクレンペ様。ごきげんよう」
私は素早く立ち上がって軽く土埃を払うと、目の前の少女に一礼をする。
マルグリット・ラシクレンペ。
ガールゥ・ラシクレンペの第二子で、生粋のお嬢様だ。家名にラシクが入っていることからわかるように、古くからラシクレンペ家はラシク王家の血統と密に連なっている。
現ラシク王国国王との関係で言えば、再従兄弟になるとか。
鮮やかな金髪の縦ロールに、少しツリ目気味でアーモンド形の目の色は透き通るような青。
いかにも勝気な美少女という様相だ。
うちのリリアから甘えん坊っぽさを抜くと似てるかもしれない。
手に持っているのは白いレース縁がとても綺麗な日傘で、以前使っていたものとは違うようだ。
マルグリット嬢が使っているものならば、間違いなく一流と呼ばれる職人に作らせた最高級品だろう。
それをこんな短期間で買い換えるとは、さすがは大貴族様ということか。
「ふ~ん、こんな所で何をしているかと思ったら、ずいぶんとみすぼらしい昼食ですこと。
お金はありあまっているんじゃありませんの? ああ、商売人はけち臭いのが基本でしたかしら?」
私とルノエちゃんが持っているサンドイッチを見て、あからさまに見下したような目線を向けてくる。
マルグリット嬢は、そんな姿がとてもよく似合う。
「まぁ、お金を持っているのは実家であって、私自身ではありませんから。
それに結構美味しいんですよ、これ? お1つ差し上げますから、食べてみます?」
表向きは『バーレンシア商会』のトップはお父様ということになっているし、私はアイデアを出しただけで実際に動いているのはロイズさんやトルバさん、ペートだからな。
ちなみに、『バーレンシア商会』の会長はお父様で、ロイズさんが副会長、トルバさんが軽食部門の統括、ペートが副統括だったりする。
「いりませんわっ! あなたから何かをもらう理由がありませんもの!!」
原因がわからないのだが、どうもマルグリット嬢には嫌われているようだ。学院で初対面した時から敵対的だった。
私としては、仲良くしたいと思ってるんだけどなぁ。