15歳:「ソニア教授の研究室(3)」
さて、そんな軽口を叩ける間柄だが、私とソニア教授の関係を一言で表すならば「師弟」ということになろうだろうか?
今の私はソニア教授の教室に仮所属している。
入学して1年経たない学生であっても優秀な生徒であれば、半年目くらいから教師の方から声がかかり、仮所属という形で2年次より先行して所属契約を交わすこと自体は珍しくないらしい。
教室に所属するのは学院に入って2年目以降であることは慣例になっているだけであり、決して1年目から師事を受けることを禁止する規則はない。
ただ、さすがに入学して季節が変わるよりも早く教室に所属した私は、異例中の異例と言えるようだった。
私とソニア教授の馴れ初めを話すと、入学試験の時になる。
課題実技の試験を棄権した私は、その次に行なわれる自由実技に賭けていた。
他の受験者たちが課題実技で指定された火属性の魔術以外の、氷や岩や雷を使った異なる系統の攻撃魔術を繰り広げている中、私は魔力を操作する能力と魔術の独創さで勝負にでた。
自由実技で「魔術を使ってお茶を淹れる」という、一見ネタに見えるが繊細な魔力操作が必要であり、満を持して《熱湯作成》などのオリジナル魔術を披露したのだ!
結果は……大不評。
後日にソニア教授から聞いた話では、私の評価が「理論だけのおちこぼれ魔術師」となったのはこの自由実技がとどめだったらしい。
何十人分もの派手な魔術を見続けていた時に「ただお茶を淹れる」実技を見させられたせいで、地味過ぎな印象が強く残ってしまったようだった。
ふっ、策士策におぼれるってヤツだな。
無難に見た目が派手な魔術を使えば良かったと後悔もした。
試験に落ちて、どうしようか途方にくれていたときに声を掛けてくれたのが、ソニア教授だった。
そして、私に特別入学制度のことを教えてくれたのもソニア教授だ。
その後、私が無事に入学するとソニア教授の教室創立にあたり第一期メンバーとして所属することになった。
いや、正確には元々そういう約束で入学したと言える。
ソニア教授が錬金術を専門としている理由は、錬金術がもっとも日常生活に転用し易い魔術だかららしい。
厳密に言うならば「魔術の一般化」を掲げて魔術の研究に勤しんでいる。
たまたま入学試験の自由実技をしている際に、面白い魔術を使う私を見かけて声をかけたのが、すべての切っ掛けとなる。
今年から教室を開くことになり、どんな教室にして、どんな学生を所属させるか迷っていたらしい。
つまり、試験的には失策であった《熱湯作成》が私とソニア教授を引き合わせたのだ。
私としてもソニア教授に師事することでいくつかのメリットがあり、入学前から教室への所属が決まった。『禍福は糾える縄の如し』とはよく言ったものだ。
「ところで、ソニア教授、ずいぶんと眠そうですが……また夜更かしをしてたのですか?」
自分の今朝の所業を棚に上げて、パンをかじるソニア教授に質問した。
「フッ、良くぞ聞いてくれた、昨晩は〈夜月茸〉の発光周期でな! もちろん〈夜月茸〉というのは、無月の夜に胞子を飛ばすキノコで、その胞子は強く発光することで有名なのは説明するまでもないと思うが、その美しさたるや暗闇をキャンバスとして、光の精霊が舞い踊るがごとく。それはそれは貴重な一夜だった! ああ、こんなことならば、無月の夜が2日に1回訪れても良いというのに……そもそも〈夜月茸〉の発光周期を月齢に依存させないように改良を……いや、だめだ! それでは〈夜月茸〉の自然な美しさを損なってしまうではないか! くぅっ、ボクはなんて罪深い。己の欲望を満たすために悪魔のような所業に手を染めようとだなんて……」
あー、スイッチが入っちゃったかな。
ソニア教授の性癖を一言で言うならば……キノコ狂だ。
「キノコのために生きて、キノコのために死ぬ」と公言している。
そして、キノコの話題になると、四半刻ほどは延々と喋り続けるのだから厄介だ。
私が初めてこのバーサークモードのソニア教授を見たときは、ドン引きしたもんなぁ。
ああ、もしかして、ソニア教授が結婚できていない理由がわかったかもしれない。
……さて、論文の続きでも読むか。
いつもの『キノコ万能説~序章~』を語り始めたソニア教授を横目に、私は手元の論文に目を向けた。