15歳:「ソニア教授の研究室(2)」
〈走りキノコ〉と呼ばれる系統のモンスターがいる。
『グロリス・ワールド』では、お馴染みのマスコット的なモンスターだった。
外見はキノコに足と腕っぽいものがくっついた、見た目からキノコのまんまで、足っぽいものを器用に使ってあちこちを駆け回る。
習性としては、木を倒して腐らせて群れの巣を作ったり、縄張りに入ってきた外敵を撃退する程度の行動を本能で行なう。
また寒さが厳しくなる前の森の季節の終わり頃が〈走りキノコ〉の旬と言われており、その頃の〈走りキノコ〉の肉(?)は滋養が豊富で歯ごたえが良く、意外と高級食材であったりもする。
一般的なタイプで体長が大体80イルチ程度だが、種によっては体長が2メルチ以上まで育ち、街や村によっては馬車馬や騎馬の代わりに飼育されている。
中には10メルチ以上の大きさまで成長するタイプもいるらしい。
そこまで育つと人里に近づくだけでひどい被害が出てしまうため、発見されると王国軍や近くの冒険者連盟が緊急的に対処する事態になる。
便宜上“彼”と呼ぶが、彼の名前はリギー。ソニア教授の《使い魔》である〈走りキノコ〉だ。
ソニア教授曰く、10年に1体の逸材で、通常の〈走りキノコ〉から一線を画すほど賢いらしい。
確かに私が喋っている内容もおぼろげながらに理解するし、ジェスチャーで大まかな自分の意思を伝えてくれる。
彼に淹れてもらったお茶を飲みながら、トテトテと研究室を整理しているリギーの様子を眺めていると……。
「……リギー、水」
奥の部屋から、手入れを怠ったボサボサ頭を~掻きつつ、よれよれの白衣を羽織ったソニア教授がやってきた。
寝惚けているせいか、非常に動きが鈍く表情もぼんやりとしている。
椅子に座るとそのまま倒れこむようにしてテーブルに上半身を預けると、むにゅりと大きなお山が潰れた。
おおよその目安だがFくらいはある。いつもながらご立派です。
とそこへ、リギーがなみなみと水を注いだ木製のジョッキを持ってくる。
「ん……んくんく、ぷはっ!」
リギーが持ってきたカップを受け取ると、体を起こしてジョッキを傾け、一息で水を飲み干した。
水がこぼれて濡れた口元を白衣の袖で拭う。
「おはようございます、ソニア教授」
「ん? ああ、バーレンシア君か。
うむ、おはよう……こんなに朝早くからどうしたのかね?」
「お昼まで講義がないので、論文を読ませていただこうかと思って……それより、朝というには、もうお日様は高いですよ」
「……うむ、勉強熱心なのはいいことだ」
あ、時間の部分はスルーされた。
ソニア・ランドリュー。
フェルベル学院における歴代の女性教授で最も若くして教授になった女性。専門は錬金術。今年で29歳の未婚者。
男性のような物言いで、性格も女性よりも男性寄り。
きちんと手入れをすれば美しい赤銅色の髪の毛は、無造作に肩下まで伸ばしていて、基本的にボサボサだ。
外見に関しては、かなりのポテンシャルを秘めていると見るのだが、お洒落どころか身なりに対して興味がなく、服も裸でなければいいとさえ公言していた。
そこへ、リギーがパンと干し肉と干しブドウを持って戻ってくる。
ソニア教授は服だけじゃなくて、食事に関しても、空腹が紛れてそこそこ栄養価があればいいと言う無頓着ぶりが発揮される。
女性か男性かと言う前に、若干、人間としてもアウトコースギリギリかもしれない。
「そんな食生活ばかりしていると、いつか倒れますよ?」
「しょうがないじゃないか、バーレンシア君。ボクもリギーも料理ができないんだから」
「リギーは火が扱えないからしょうがないですけど、ソニア教授のはただのものぐさですよね?
それに、学院公認の食堂に行けば教授は食事を無料で出してもらえるのも知ってますよ?」
「バーレンシア君は、一体ボクをどうしたいんだい?」
「別にどうしたいじゃありませんけどっ! こう、保護欲がくすぐられるんです」
「……普通に考えたら、立場は逆じゃないかね?」
「私も同感です!」
うーむ、私ってダメ男にひっかかる素質があったりするんだろうか?