10歳:「これで一件落着?(3)」
「手紙をもらうまでは、ずっと、ケネアさんのことを憎い敵だと考えていたの。恥ずかしい話だけど、悲劇の主人公みたいな自分の境遇に酔っていたのね、きっと。
あの人のために身を引いた自分の方が、本当にあの人のことを思っている、みたいな。
そのためにもケネアさんは、憎い敵役でいてくれなければならなかったのに……そんな手紙が届いたの。
敵わない……素直にそう思ってしまったわ。
女としても、母としても、多分、わたしは一生をかけてもケネアさんに追いつけないのかもしれない、って。
それまで一度も話したことも会ったことさえない相手だったのにね。
認めちゃったら、同じ人を愛した者同士、子供を持つ母同士でしょう?
ケインのことが気になって気になって、それでも踏ん切りがつかなくて……ケネアさんが逝去された噂を聞いてから、やっとのことで、あの人の前に姿を現したの。
そこからは、まぁ、あの人に求婚されて……。
……ユリアちゃんにはまだちょっと早すぎる話だったかしら?」
「そんなことはありません、けど」
静かになってしまっていた私の態度を、お祖母様はそう受け取ったようだ。
ただ事実は小説より奇なり、って言う言葉を思い出していただけなんだけどな。
「それで、どうしてお祖母様が二人の仲直りをさせられなかったのですか?」
「うん、私もお祖父様の考えには、賛成だったからかしらね……」
「つまり、お祖母様もバーレンシアの家をお父様に継がせたかった、と?」
ちょっと悲しそうに目を細め、けれど、すぐにいつもの笑顔に戻り。
「ええ、でも、ケインが自分で道を選ぼうとしているなら、それでもいいかなとは思っていたのよ。
直接血はつながっていないとしても、大事な息子ですもの。
そうして、気づいたときには、すっかりあの人とケインの間に溝ができていたの。
ケイン宛に何度か手紙を書いたんだけど、『元気です』みたいな味気ない返事しか帰ってこなくてね。
もうわたしじゃあ、この2人の仲直りさせるのは難しいところまで溝が広がっていたわ。
そして……気付いたら10年以上経っちゃっていたわ。
あの人とカイトは良く似ているって言われるけど、それは外見だけであって、本当にあの人に似ているのはケインの方だと思うわ。
2人とも、真面目で、変なところで頑固でね」
「あ、それならよくわかります」
どっちかがもう少し不真面目だったら、もっと早くに、自然に解決をしていたような気もする。
今回の事態を巻き起こしたのは、ほんの少しのすれ違いで、どっちかが悪いわけでも、どっちかが相手を憎んでいる訳でもなかったこと。
……私は悪いところ探しをしてたせいで、今回の事件の真相に、事前に気づくことはできなかった。
「今回、ケインが王都に戻ってくると聞いて、いいきっかけだと思ったわ。
そこでシズネさんに相談したら、ロイズさんとユリアちゃんの話を聞かせてもらったの。
ユリアちゃんに任せることにしたのは、昔から事情を知っている人が動いても事態は変えられないと考えたからよ。それがわたしではダメだった理由ね。
こういうのも願掛けって言うかしら?
実際にユリアちゃんに会うまではちょっと不安だったけど、シズネさんの言うとおり、とってもお利口さんで、もしかしたら上手くいくかも……いえ、きっと上手くいくって信じていたわ」
シズネさんが問題になるようなことを話したとは思わないんだけど、私のことをなんて説明したんだろう。
それにしても、今回は皆、私に変な期待を掛けすぎだと思う。
まぁ、その期待を裏切るような結果にならなかったのが幸いだけど。
「お祖母様、ありがとうございました。今日はもう帰りますね」
「そう? 良かったら、また遊びに来てちょうだいね」
「はい、今度来るときはリックとリリアと一緒に来ます」
「それはいいわね。絶対今度は3人で来てちょうだい、約束よ? 楽しみに待っているわ」
嬉しそうに微笑むお祖母様に見送られ、私はバーレンシアの本家をあとにした。