10歳:「お祖父様の本音(1)」
カチャリ。
青い染料で野鳥が描かれた美しい白磁器のカップが、私の前に置かれる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
使用人のお姉さんは、軽くお辞儀をして部屋から出て行った。
せっかくなので、カップを取ってお茶をすする。
あ、この間フェルに飲ませてもらったお茶と同じ味がする……むぅ、やっぱり高いお茶なんだろうな。
高いといえば、この茶器を壊したらいくら弁償しなきゃいけないんだろう、って、私が壊しても別に損害請求をされたりはしないか。
うむ、まだちょっと他人行儀な部分が抜けないんだろうな。
つらつらと取り留めのないことを考えていると、扉がノックをされ「失礼します」と毅然とした声と共に、アギタさんが入ってきた。
ここはお祖父様、ガースェ・バーレンシアの屋敷だ。
「突然のご訪問、申し訳ありません、お祖父様」
「いや、よく来た。ケインは知っているのか?」
「ええ、お祖父様の家に行くといって参りましたから」
私は席を立って、淑女らしい挨拶と、突然訪問した無礼を詫びる。ふふふ、淑女的マナーは完璧だ。
お祖父様は私の向かいに座り、私に座るよう手振りで促す。
席につくと、横でお茶を淹れたアギタさんがお茶が注がれたカップをお祖父様の前に置く。
あ、いまカップをテーブルに置く時に音が一切しなかった、アギタさんすげー…………緊張のあまり、ほんと、どうでもいいことに気が散ってしまう。
「それで話があると聞いたが、いったい何の話をしようというのだ?」
お祖父様は、カップに手を付けずに、いきなり本題を切り出してきた。
ここはもう一気にいくしかないよな。
「いくつかありますが、主な目的はお祖父様の真意を確かめに」
「真意?」
「はい、お祖父様が、どうしてリックにガースェ・バーレンシアを継がせたいのか? そもそもリックはまだ5歳にもなりません。確かに良い子ですが、まだまだ両親と一緒にいたい年頃です」
「それが、将来的にリックのためになるからだ。両親ならばカイト夫妻が代わるだけだろう」
「はい、確かに伯父夫婦ならば、リックを可愛がってくれるかもしれません。けど、リックがお父様とお母様の元にいたいのに、無理に引き離そうというなら、私は反対します」
初めてお祖父様の顔に感情の色が浮かんだ。
その感情を一言で言うなら、怪訝かな。私のことは、大人しい孫娘くらいにしか知らなかったのだろう。
少し悲しくなるが、それを変えるためにやってきたのだ。
「反対と言っても、どうするつもりだ」
その口調は疑問ではなく、問い掛けというよりも、確認、断定に近い。
「どうすることもできないだろう」そう言っているのと同じだ。
「成人をしたら、軍に入るよう入れ知恵をします」
「ッ!!」
お祖父様の顔に新しい感情の色が浮かんだ。僅かながらだが、明らかな動揺が見えた。
ここまでは、事前の予定どおり進んでいる。この台詞を言っても、お祖父様の態度が変わらない場合も考えていたが、今の表情を引き出せたなら成果は上々だ。
「それでもリックを、伯父夫婦の養子にしますか?」
できる限り何事でもないような笑顔を貼り付けて、お祖父様の返答を待つ。
いや、心臓はバクバク言ってるんだけどね。手とか少し汗ばんできている。
もちろん、暑さではなく緊張の汗だ。
「何が言いたい?」
「その質問はどういった意味でしょうか?」
「……昔の話を調べてきたんだろう? そもそもこの会談はケインの指示か?」
「はい、昔の話を色々と聞いてきました。
けど、この会談はあくまで私の考えであり、お父様の指示ではありません」
裏で、お父様が糸を引いてると思われたようだ。これはまぁ、想定内の反応だ。