10歳:「お父様の本音(2)」
「簡単に言えば、家出……かな」
「家出?」
ああ、とお父様が照れ恥ずかしそうに苦笑しながら頷いた。
なんていうか、イケメンってどんな表情をしてもイケメンなんだよな、動作がいちいち様になるし、と場違いな感想が思い浮かぶ。
「それはお祖父様との喧嘩が理由ですか?」
「あ~、ユリアはどこまで知っているのかな?」
「う……お祖父様にガースェを譲られそうになって家を出たと言うことまで聞いています」
「そうだね……。ああ、立ったままだと疲れるだろう、ここに座りなさい」
そう言って、書斎の隅にあった椅子を、執務用の机の横に置く。
これは、長い話になる、と言うことだろうか?
「まず、僕と父さんが喧嘩したというなら、違うだろうね」
「それじゃあ、なんで家出を?」
「そもそもだけど、喧嘩って言うのは一人じゃできないんだ。
喧嘩をするには相手が必要だよね?」
「はい」
独り喧嘩、という言葉はあまり聞いたことがない。
人が争うとしたら、2つ以上の異なる立場が必要だ。
喧嘩ならば、少なくとも対立し合う2人が必要になる。
「僕が父さんにガースェを継ぐように言われた時、その場ですぐに断ったんだ」
「どうしてですか?」
「兄さんは昔から真面目で勉強も僕よりずっとできる人でね。自慢の兄なんだよ。
だから、家は兄さんが継いで、僕はその補佐をする。幼い頃からずっとそう思っていた。
そのために色々と兄さんに負けないよう勉強をしたり、ロイズさんに頼んで護衛用の剣術を教わったりしてね」
なんていうか、兄弟の仲がいいのは喜ばしいことだ。
私もすっかり家族愛に目覚めているな。
「けど、父さんは僕の成人を前に、いきなり僕にガースェを譲ると言う話をしてきたんだ」
「でも断ったんですよね?」
「僕が断ったところで、父さんは僕にガースェを継がせるという考えを変えなくてね。
そこで、家を飛び出るようにして軍に入ったんだ。軍に入れば、最低限見習いでも衣食住は保証されるからね。
それに正式に兵士になって、能力さえあれば十分にお金を得ることもできたからね」
「う~ん……」
「さっきも言ったように喧嘩と言うのは2人いないとできないんだ。
つまり、僕がお祖父様に喧嘩を売ったつもりでも、お祖父様が買ってくれなければ、それは喧嘩じゃなくて、ただ僕が1人で騒いだだけだよ」
お祖父様は、どうも人の話を聞かない頑固ジジイのイメージになりつつある。
「お父様はお祖父様が嫌いなのですか?」
「同じ王国に忠誠を誓った身としては、父さんの仕事振りには尊敬はしているし、嫌いではないよ。
ただ、ちょっと寂しかった、かな」
「寂しい?」
「ああ……まぁ、子供っぽい理由だけどさ。
父さんは、僕が幼い頃から仕事ばかりで留守がちで、一緒の食事なんて、年に何度もなくてね。たまに一緒にいる時でも、他家への挨拶のついでだったり。
そんな感じでさ。小さい頃の僕は思ったんだ。父さんから見れば僕なんていてもいなくても変わらないのかな? って。
そんな時に僕のことを慰めてくれる割合は兄さんが3、母さんが1くらいかな。
それもあって将来は兄さんの力になると、意気込んでいたんだよね。結局、軍に入っちゃったら兄さんの補佐どころじゃなくなっちゃったんだけどさ」
けど、
「でもお祖父様は、ロイズさんに頼んで、お父様が軍に入れるよう後押ししてくれた……のですよね?」
「……え?」
あれ? 何で驚いてるの?