〈file1〉家族以上との団欒を
「―――お、お風呂上がりました」
湯気とともに脱衣所から出てきた未宙は、慣れない萌葱色のパジャマの袖をそっと引っ張りながら、恐る恐るリビングに声をかけた。
湯上がりの身体を包んでいるのは、水瀬から借りた少し大きめの服だ。
「おう」
ソファで寛いでいた和李が青白く光り、浮かぶウィンドウから目を上げ、短く片手を挙げる。
「おかえり、未宙〜〜〜っ!お、水瀬の服似合ってるね!でも少し袖と裾短い?」
ダイニングテーブルでジュースを飲んでいた星凛が、嬉しそうに椅子ごとくるりと向きを変えた。
未宙の身につけている服を見つめ、首をかしげる。
「ううん、大丈夫だ」
「そっか!」
「……俺の服の中で一番オーバーサイズのヤツを貸したつもりだったが、やっぱり短かったか」
壁際に背を預けていた水瀬が、腕を組んだままじっと未宙の足元を見つめてポツリと呟いた。
未宙(162cm)と水瀬(157cm)のわずかな身長差が、服の丈に出てしまっているらしい。
「いえ。そこまで気にならないので大丈夫です。ありがとうございます」
未宙が頭を下げると、水瀬は満足そうに「なら良い」と短く頷き、再び視線を手元に戻した。
ふと、未宙は脱衣所の棚に並べられていた見慣れない替えの服やパジャマの存在を思い出して尋ねる。
「でも、宵街家に水瀬さんの服も置いてあるんですね。良く来るんですか?」
「よく来るって言うか、水瀬はほぼずっといるな。俺や星凛が非番じゃない日も、水瀬が非番なら俺の部屋でくつろいでる事多いし、家に帰ってるのか分からないくらいだ」
和李が当然のような顔で答えると、水瀬はどこか遠い目をして付け加えた。
「一応母さんに金をもらいには帰ってますよ。……もう何ヶ月も父さんには会ってませんけど」
「おいおい……」
和李が困ったように苦笑いを浮かべる。そのあまりにも自然な居候ぶりに、未宙は思わず口を滑らせた。
「そこまで入り浸っていたら、外で宵街さんって呼ばれそうですね」
「確かに中学の時はそうやってからかわれていたが、俺はそう言うの嫌だし、毎回否定してたぞ」
水瀬が不機嫌そうに眉をひそめる。
だが、その横で星凛がニヤニヤと悪戯っぽい笑みを深めていた。
無言で星凛を見つめる水瀬に対し、星凛は楽しそうに身を乗り出す。
「何で〜?もう宵街になっちゃえばいいのにさ〜!」
「星凛……」
和李が制しようとするが、星凛の煽りは止まらない。
未宙は話の展開についていけず、真面目な顔で首をかしげた。
「?どうやって苗字変えるんだよ」
水瀬の鈍感すぎる疑問に、星凛はパンと手を叩いて破顔した。
「え、そんなの一つしかないじゃん……!……ねぇ?」
星凛がチラリと和李へ視線を送る。
和李はわざとらしく咳払いをすると、冷めたトーンで返した。
「俺に聞くな」
「……」
水瀬は不機嫌そうに黙り込んでいるが、どこか居心地が悪そうにフードの紐を触っている。
二人の怪しい空気に挟まれた未宙は、どう反応していいか分からず固まってしまった。
そんな未宙の雰囲気を察したのか、水瀬が不意に真面目な顔つきになって話題を変える。
「そう言えばお前、家に帰らなくて良かったのか?普通なら心配されてるだろ」
「あー……。えっと……俺指名手配されてから家に帰ってなくて……。小遣いでネカフェを淡々と……。
だから、水瀬さんの言う様な心配される事にはなってないと思うので大丈夫です」
未宙が頭をかきながら苦笑交じりに明かした過酷な事実に、宵街兄弟と水瀬の視線が固まった。
「ネカフェを……」
「この来望街にも、隣街のまどか町から歩いて来たら辿り着いただけなので……」
逃亡生活の壮絶さをさらりと語る親友に、星凛が胸を痛めるような眼差しを向ける。
だが、和李は静かに顎を引くと、低い声で言った。
「なら、ちょうど良かったな」
「え?」
「明日、少し俺達に着いてきてくれ」
「……??」
和李の意図が見えず、未宙はぽかんと口を開けて首をかしげるのだった。
水瀬と星凛は聞いていない、と言ったように呆れているが、和李は窓から見える光輝く星空を眺めていた―――……。




