心のもみじ【詩の中の小さな物語5】
美しいものを
美しく
それはマヤカシ
なにも無い
面白いものを
面白く
それはフィクション
だれも居ない
あなたの心が
見ているままに
描き出す
あなたの世界 (写真詩から詩を抜粋)
ある画家がそれなりに大きな町に住んでいた。画家は、絵を描いている時間が何より好きだったから、画家になった。
「やぁ。また会ったね。今日はニコライのパンを持ってきたよ。ここのパンは美味しいんだ。一緒にどう?」
そう言って、近づいてきた動物や虫たちと戯れる。木や花たちが風に揺られる。それを絵にしている間、画家は孤独を忘れられた。
だから画家は、そんな世界をありのままに美しく描いて、みんなに見てもらおうとした。みんなにもこの美しい世界と1つになる安心感を知ってもらいたかった。しかし画家の絵は町の人々には見向きもされていなかった。
「おかしいな、見たままに描いてるはずなのに」
この町には文筆家もいた。文筆家は物語を書いて生計を立てていた。頭に思い浮かんだ面白いと思うものを文章にして、誰かに読んでもらう。読んだ人が少しでも現実を忘れて没頭できる物語を書くのが、文筆家の矜持だった。
新しい物語を書いては、贔屓にしている出版社へと原稿を持ち込む。
「今月の原稿料だよ」
「でも! これだけじゃあ暮らしていけないですよ!」
「それ以上は払えないよ。そうだ、またウェストストリートであったこの前の大捕物みたいなやつを書いておくれよ。あの記事は新聞に載せたらえらい好評だったからな。ああいうのを仕事にしたらいいんじゃないか?」
「でも……」
こうして文筆家は、ネタを探して、あちこちを練り歩いて過ごす。本当に書きたいものを書けないまま、ずるずると空腹を引きずって時間をやり過ごす。
そんな文筆家と画家が最初に出会ったのは、ひと月ほど前の満月の夜だった。その日、文筆家はすっかり心が折れて森の中をフラフラと彷徨っていた。すると月明かりを頼りに絵を描いている画家がいた。集中して絵に没頭している画家と月明かりがあまりにもファンタスティックで、つい、文筆家から声をかけて、そこから交流が始まった。今ではほとんど毎日顔を合わせている。
「豪勢だね。今日は鹿にパンをやってるのかい」
「君はまた、サボりってやつか」
「とんでもない。ネタ探しのついでに寄っただけですよ」
「今日は何も面白そうな話は持ってないよ。最近酷くつらくて、あんまり人のいるところには行けてないんだ」
「それは大変。私の良き友人の悩みならいくらでも聞きましょう」
「君、面白がっているだろう」
「そんなこと。さぁ、話してみてください」
「いやまぁ……。最近、絵を描くのをやめようかと」
「なんですって!? そんなのもったいない! こんなに素敵な絵を描くのに」
「ありがとう。でもこの前言われたんだ。『あなたの絵はつまらない』って」
「それは酷い」
「いや、でも実際そうなのさ。見てくれる人のいない絵を描いても、何にもならないだろう」
「……ですね。実は私も、物書きをやめようかと考えていたところです」
「君こそもったいない!」
「なかなか読んでもらえなくて、飢え死にしそうなんですよ。そこの鹿の方が、よっぽどいいものを食べてると思いますよ」
「それは辛いね。お互い、どうして見てもらえないのだろうね」
2人は持っていた筆やノートを置いて、沈む夕日をただ黙って眺めていた。夕日に照らされたもみじが、いつもよりも赤々とその色を主張してくる。
「なんだか、今日のもみじは恐ろしく見えるな」
「え、そうですか? とても寂しく見えていますよ」
「え?」
「え?」
画家が文筆家を真剣な目で見つめたと思うと、急にノートと鉛筆を文筆家に握らせた。
「ちょっとお願いがあるんだが、君にはこのもみじがどう見えてるか、君の思うままに書いてもらえないだろうか?」
「え? いいですけど。見たままではなく、思うままにですか?」
「そう。その間に、私はこのもみじを思うままに絵にしよう」
「わかりました」
それから2人は、太陽の残光が無くなるまで無言だった。それぞれが鉛筆を走らせる音には高揚感が乗っていることに、2人とも気づいていた。あっという間に、2人の『もみじ』が完成した。
「そら! できたぞ。スケッチだが」
「わたしもできました! 簡単な走り書きですが」
2人はお互いの『もみじ』を見せ合い、また顔を見合わせた。
それから2人はそれぞれの世界で、知らない人はいないというまでになるのに、そう時間はかからなかった。今でもたまに、お互いの『心』をあの森で見せ合っているとか、いないとか。
終
詩に込められた小さな物語。写真詩として公開していた詩から物語を紡ぎました。
あなたの『心』はどんな姿で、どんな風に見えているのでしょうか。




