何事も効率だ
出勤する。
その度に貼られている張り紙にうんざりする。
『人殺し』
『人でなし』
『命を何だと思っている』
飽きもせずよくやるものだ。
いつものようにルーティンで張り紙を剝がしながらふと思う。
この惨状を顧客達が知らないはずもない。
ならば、むしろこのままで良いのではないか。
「何事も効率だよね」
信念を呟いて張り紙を剥がすのをやめた。
きっと、明日には量は倍になっているだろう。
それでいい。
罵倒が多ければ多いほど、ここでの仕事が真実であると皆に伝えられるから。
パソコンをつけて目に入る数えきれないほどのメール。
虫が這うように広がる文字は一見しただけでは数が分からない。
それでも結局のところ主張は同じだ。
要するに『私を使ってください』。
「感心感心」
何事も効率だ。
これだけの希望者がいるのならばもう少し人を雇っても良いかもしれない。
湯水の如く増えていくお金は社員に必要以上に配っても使えきれないほどだ。
それにほとんどの社員が最終的にはこの虫の群れの中に混じるのだから。
「ありゃ」
実際、この日もそうだ。
「クレアの名前がある」
一年半の付き合いの社員だ。
珍しく長く続いたと思ったのに。
『命を捧げます』
昨日まで一緒に希望者の多さに辟易していたのになぁ。
だけどまぁ、最近やる気もなさそうだったし。
仕方ないか。
電話をかける。
ワンコールでクレアが出た。
「おはよう」
「おはようございます」
「いいの?」
「はい。お願いします。ダメですか?」
「いや、構わないけれど」
「ありがとうございます」
「でも、どうして?」
「いえ。何か馬鹿らしくなって。生きるのが」
「そっか。わかった。それじゃ、もうおいで」
「えっ、今日ですか?」
「部下だしね。社員割みたいなもんだよ」
電話口でクレアが笑った。
くすくすと。
「なんですか、それ」
「いいじゃん。死にたいんでしょ?」
「違います。生きたくないだけです」
クレアの表現が何となしに好ましく思えた。
なにせ、クレアは生きていた側の人間だったから。
*
クレアはすぐにやってきた。
おめかしをしているかと思ったけれど普段着で。
「着飾ってくると思いましたか?」
「うん。少し」
「残念でした。ここで勤めていたら間違っても気合なんて入れませんよ」
「まぁ、終われば捨てるだけだしね」
肩を竦めてみせるとクレアは笑う。
彼女はそのまま慣れた様子で球体の形をした機械の中に入った。
楽で助かった。
なにせ、希望者の三割がここで躊躇うから。
ディスプレイに文字が浮かぶ。
外からも、内からも読める数字。
『寿命。五百二十一年と三十二日』
何事もなければクレアが生きていた残りの時間。
機械の中でクレアがうへぇとため息をついた。
「こんなに残っていたんですか」
「色んなところ見てみたいって言いながら一時買いあさっていたしね、君」
「えーっと、一年を百万円として……うっわ、考えたくない」
「やめとけやめとけ。こっちだって使ってきたお金なんて考えたくないんだから」
「まぁ、以前に私の四倍は寿命があるってお話してましたもんね」
最期の会話と思えないほどいつも通りの談笑。
スイッチに手を伸ばす。
これを押せば機械がクレアの寿命を吸い尽くし『貯蔵庫』に保管される。
要するに、クレアは死ぬ。
「先輩」
「なに?」
「私の寿命、買います?」
「生憎。君も知っての通り誰かの寿命を買うなんてこと出来ないよ。貯蔵庫を経由するから、一度吸い出せば混ざっちゃって誰のものかは分からない」
「まぁ、そうですよね。残念」
昨日まで面倒そうにスイッチを押していたクレアが機械の中か。
これもまた、この機械が出来た故の光景だろう。
この機械は寿命を吸い出す機械。
同時に誰かに寿命を与える機械でもある。
造られてから今に至るまで存在そのものが議論の争点となる存在。
「先輩」
「なに?」
「以前に無駄な命は生きるべきではないって言っていましたよね」
言った。
似たようなことは。
だけど、より正確には違う。
「無為に生きる命は生きるべきではない、だよ」
「そっか」
この機械は凡人の寿命を吸い取り天才に与えることが出来る機械でもある。
人々はこの発明を罵るがその一方で多くの天才が顧客となっており、そしてそれ故に世界の進化のスピードは史上でも類を見ない速さとなっていた。
怠惰な人間たちはだから口にするのだ。
『私を使ってください』
って。
だから、個人的には思う。
そんなくだらないことを言う無為に生きる命なんてとっとと誰かに捧げてしまうべきだって。
何事も効率だから。
100万人の愚者が生きるより、1人の賢者が生きる方が良いことだ。
――そう、思うから。
「先輩」
「どうした? やめるかい?」
クレアはこちらの問いに答えず、別の問いを投げかけてきた。
「私の人生は無為だったのでしょうか」
寿命を捧げる直前で多くの人々が口にする問いだ。
だから、こちらもマニュアル通りに答える。
「いいえ。無為ではありません。なにせ、あなたは満足をしたのですから」
クレアが笑う。
皮肉気に。
「先輩の意地悪」
*
スイッチを押せば一瞬だ。
寿命を吸い切った体はただの骸だ。
骸は即ち処理するしかないゴミと同じだ。
究極的に言えば――だけど。
クレアの死体を捨てると日々の業務に戻ろうとした。
だけど、それをちょっとだけ止める。
「よいしょっと」
クレアの入っていた機械の中に入り込み、自分の寿命を確認する。
『寿命。二千六年と十二日』
随分と長い。
だけど、この時間は使い切ると決めていた。
「無為なことを」
ぽつりと呟いて機械を出る。
今日もまた、倫理も価値観も考え方も絶え間なく変わっていく世界は普段と同じように回りだした。




