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【1】

 王国最北端のピアンジュ公爵領は、大騒ぎだった。妻を亡くして以来一人で領地経営を頑張っていたピアンジュ公爵が病に倒れてしまったのだ。

 ちょうど王国は社交シーズン、通常なら公爵も一人娘のマリエラも共に王都へ出向いているころだが、ここ数年、公爵は高齢を理由に王都へは行かず、代理としてマリエラ一人を王都に派遣していた。

 今年も、十日ほど前にマリエラは王都へ向かって出発してしまった。

「ああ……わたしはもう、だめだ……」

 公爵は亡き妻の肖像画を胸に、涙を流す始末だ。

「大変だ! マリエラさまにご連絡を!」

 高速馬車が仕立てられ、村役場の若者が手紙を握りしめて王都へと向かった。そしてわずか数日後、マリエラは領地へと戻ってきていた。

「お父さま!」

 帽子や外套もそのままに、マリエラはベッドに横になっている父に駆け寄る。

「ああ、マリエラ……。結婚適齢期の社交界シーズンだというのに申し訳ないね……」

 いいえ、とマリエラは首を横に振って微笑んだ。

「領地のことは、お任せください」

「……え? いや、お前が困らないよう、優秀な人員を揃えようと思って……」

「それには及びませんわ。ここ数年、王都にいる間に、王立学園高等部に潜り込んで領地経営についていろいろ学んできましたの!」

 へ? と、父公爵は目を丸くした。

「お前……経営を学んだ?」

「もちろんですわ! いずれお父さまが領主の座を降りる。そのときは、唯一の子であるわたくしが、領主を継ぎます」

 公爵の目は、さらに見ひらかれた。通常、娘しかいない家では、娘に婿をとって跡継ぎとする。公爵もそのつもりで、水面下で婿候補を探していたのだが――。

「わたくし、我が国の法律書を読みましたの。娘が跡継ぎになってはいけないという文言はなく、家長が男子でなければならないとも書いてありませんわ」

「そ、そうか……」

 つまり、長男が家督を継ぐ、男子がいない場合は娘に婿をとって継がせる、というのは慣例でしかない、ということらしい。

「ですから、お父さま、安心してわたくしにお任せください」

「……わたしは生まれも育ちもこの国だが、そんな法律だったとは知らんかったなぁ……」

「次期領主として、頑張りますわ!」

 お母さま、いいでしょう? と、父のベッド脇に置かれている亡き母の肖像画に話しかける娘を見ながら、父は何やら言い知れぬ不安を抱いていた。

「なんか――頼もしいには頼もしいが、なんだか心配だぞ、我が娘……」


 父の部屋を後にしたマリエラは、窓の外を見た。そろそろ、父の主治医が隣の町から往診に来てくれるはずだ。

「……先生には、この村に住んでいただきたいわね」

 村には治療院がない。民は、病になれば薬草を煎じて飲み、ベッドで横になっているしかない。だから、一度流行病が蔓延すると、村が全滅しかねないのだ。

 そんなことを思いながら、まばらに家が広がる領地を見る。この村の人口を増やすにはどうしたらいいかしら、と、マリエラはさっそく考える。

(そうよね……人が余っている王都から、呼べばいいんだわ!)

 窓を開けて、上半身を乗り出す。レディとしてはあるまじき行為だが、夏の日差しを浴び、心地よい空気を胸いっぱいに吸いこむ。

「頑張りましょう!」

 すると、その声が聞こえたのか、黒い塊が森の方から軽快に走ってくるのが見えた。

「ん……?」

 一瞬、赤く目が光ったような気がして目を瞠ったが、気のせいだったのか、子熊のような大きな犬のような、もふもふした黒い塊は嬉しそうにマリエラの手に額をこすりつけた。

「ジョー、背中の怪我はもう痛くない?」

「ぐるる」

「牙も見せてちょうだい……うーん、まだ折れたところが痛そうね」

 がるぅ、と熊が頭を下げてすんすんと鼻を鳴らす。

「念のため、明日また、先生に見て頂きましょうね」

「がう」

「餌は? 食べられてる?」

 がうがう、と熊が頭を左右に振る。

「そう……あとで柔らかく煮込んだウサギ肉をここへ置いておくから、頑張って食べるのよ」


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