地道な評価
エセスは書類の束を整えてから、一枚の依頼書を丁寧に取り出した。
それは分厚い羊皮紙で、闘技場の紋章が赤く押されていた。
「……リスティさん、これをお願いしたいんです」
彼女が差し出した依頼書を、リスティは静かに受け取った。
内容は「闘技場の用心棒」。
期間は3ヶ月。
勤務時間は朝9時から夕方18時だが、道中往復2時間のため、実質7時出発・20時帰宅。
待機メインでトラブル時は即対応、という地味だが確実な仕事だ。
リスティは依頼書を読みながら、軽く首を傾げた。
「闘技場の用心棒……ですか。具体的にどんな仕事内容なんですか?」
エセスは少し声を落として説明を始めた。
「新規契約の一発目なんです。闘技場側が『信頼できる人物を絶対に』って指定してて、遠方だから他の冒険者はみんな断っちゃって……待機がほとんどで、たまに酔っ払いやトラブルメーカーの対応をするだけです」
リスティは静かに聞き入る。
「でも、失敗したらギルドの信用が落ちる大事な案件で。本当は近場の高額モンスター討伐にリスティさんを回したかったんですけど、今は夜勤しか空いてなくて断られちゃったから……もうこの案件、私リスティさんで勝負したいです」
彼女の声に、珍しく焦りと期待が混じっていた。
リスティは依頼書をじっと見つめてから、静かに言った。
「……わかりました、やります。これ移動の馬車はギルドから借りても大丈夫ですよね?後、道中の松明とかも支給して頂けます?」
エセスはほっと息を吐いて、深く頭を下げた。
「もちろん! 全部条件通りで出します。ありがとうございます、リスティさん。本当に……こんな即断して頂けるのリスティさんだけです!」
リスティは軽く肩をすくめて、苦笑した。
「大げさですよ。ただ、地味な仕事なら僕でもできるかなって」
エセスは小さく微笑んだ。
それは、いつもの穏やかな笑みではなく、
少しだけ安堵と信頼がこもった表情だった。
「それが、リスティさんの本質ですよ。無理なことはきっぱり断って、本当に必要なことは淡々と引き受ける。それが、ギルドにとって一番必要なことなんです」
リスティは依頼書を丁寧に折りたたんで、荷物にしまった。
「明日から三ヶ月、しっかりやってきます」
そう言って、彼はギルドの扉を押し開けた。
外の風が少し冷たかったが、なぜか心地よかった。
──
それから三ヶ月後。
リスティは再びギルドのカウンター前に立っていた。
荷物は少し軽くなっていた。
エセスはいつものように書類を捲りながら、顔を上げた。
「おかえりなさい、リスティさん。闘技場から連絡が来てました。『最高の用心棒だった。またお願いしたい』って。新規契約、完璧に成功です!」
リスティは小さく頷いた。
「待機が多かったけど、トラブルは全部対応できました。よかったです」
エセスは書類を一枚取り出して、微笑んだ。
「すいません。ランク査定の改革は、まだ行われていません。これだけの事して頂いたのに、リスティさんは相変わらずBランクのままです。でも、『銀狼の牙』は……Cランクに降格しました」
リスティは一瞬、目を細めたが、すぐに淡々と答えた。
「……そうですか」
エセスは静かに続けた。
「夜勤強要と安全管理違反の報告が積み重なって、是正勧告が出て、依頼制限がかかったみたいです。若い子たちの事故も防げて……本当に、ありがとうございました」
リスティは軽く息を吐いて、視線を窓の外に移した。
「僕がしたのは、ただ事実を言っただけですよ。評価を上げるのは地道なことだけど、落ちるのは一瞬なんですね」
エセスはくすりと笑って、別の依頼書を差し出した。
「リスティさん、凄く厄介な仕事があるんだけど、引き受けて貰えます?」
リスティは少し驚いて、エセスを見た。
「厄介な仕事……ですか……?」
「お願いします。頼れるのリスティさんしかいないんですよ。闘技場の依頼も凄く喜んで頂けてましたし」
エセスはそう言って、依頼書を差し出した。
それはまた、遠方で、地味で、でもギルドにとって大事な仕事だった。
リスティは依頼書を受け取り、静かに読んだ。
そして、軽く頷いた。
「……わかりました。条件だけ確認させてください」
エセスはほっとしたように微笑んだ。
「もちろんです。今度こそ、リスティさんにぴったりの仕事にしますから」
カウンターの向こうで、陽がゆっくりと傾いていく。
部屋の中の空気は、いつものように穏やかだった。
地道に積み重ねたものが、
静かに、確実に、リスティの評価を支えていた。




