報告と本質
ギルドの受付カウンターは、午後の陽が差し込んで少し埃っぽかった。
いつもより静かな空気の中、リスティは荷物を下ろして、エセスを見た。
彼女は淡い緑の制服を着て、髪を後ろで一つにまとめている。
穏やかな表情だが、目だけはいつも少し鋭い。
リスティの顔を見た瞬間、エセスは小さく息を吐いた。
「あ、リスティさん。お疲れ様です……って、顔色悪いですよ?」
彼女が心配そうに言うので、リスティは苦笑いを浮かべて答えた。
「……すみません。クビになっちゃいました」
カウンターの向こうで、ペンがぴたりと止まる音がした。
エセスはゆっくり目を細めて、リスティの言葉を噛みしめるように頷いた。
「……そう、ですか。申し訳ありません」
彼女はすぐに書類の束をめくり始めた。
リスティは黙って待った。急いでいるわけではない。ただ、ちゃんと伝えておきたかっただけだ。
少しの沈黙の後、エセスが静かに聞いてきた。
「追放の詳細……聞かせてもらえますか?」
リスティは軽く肩をすくめて、先程のことを思い出した。
──後ろでチマチマ攻撃してるだけは使えねぇんだよ。必要ねぇから帰れ。
ガルドの声がまだ耳に残っている。
リスティは前衛と回復の間に立って、魔法で敵の動きを封じ続けていた。
確かに派手な一撃はない。でも、味方の攻撃を確実に当てるための調整役だった。
それが「チマチマ」らしい。
リスティは淡々と、でも少しだけ自嘲気味に言った。
「ガルドさんに言われました。『後ろでチマチマ攻撃してるだけは使えねぇ』って。『必要ねぇから帰れ』って。僕も結構頑張ったつもりだったんですけどね……」
エセスはペンを止めて、リスティをじっと見た。
その目は、まるで言葉の裏側まで透かして見ているようだった。
「……聞く耳、持たなかった感じですか?」
彼女の声が少し悲しげで、リスティは小さく頷いた。
「そうですね。まぁ、仕方ないですよ」
「……本当に申し訳ありませんでした」
エセスが深く頭を下げた。
リスティは慌てて手を振った。
「いやいや、エセスさんが謝ることじゃないですよ。僕の責任ですし」
「いえ、あります」
彼女は顔を上げて、静かに続けた。
「あの『銀狼の牙』……ガルドさんたちのパーティは、ギルド内でも評判が悪いんです。安全性度外視で依頼をこなして、早く終わらせて報酬を独占する。でも、そういうスタイルはいつか崩壊します。だから私たちは、リスティさんを『調整役』として意図的に入れていたんです。結果的に、守れませんでした。本当に、ごめんなさい」
リスティは少し考えて、ため息をついた。
「崩壊………確かに、そうなりそうです。ちょっと報告してもいいですか?」
「もちろんです。現場の事を、詳しく聞かせてください」
エセスが真剣な目でリスティを見つめる。
リスティはカウンターに軽く肘をついて、淡々と話し始めた。
「まず、支給された防具を一切使わないんですよ。『重い』『動きにくい』って。だから軽装で突っ込んでいく。敵の攻撃を全部受け止めて、回復が追いつかなくなるんです」
「え……? それじゃあ防具支給の意味が……」
エセスの目が丸くなる。
リスティは苦笑しながら続ける。
「ですよね? それで僕が盾になって調整してるのに、『チマチマ』って言われるのはちょっと……仕事を早く終わらせたい気持ちはわかります。でも、安全性を度外視してるのは一緒にやってて本当に怖かったです」
「あぁ……本当、申し訳ありません……」
エセスが慌てて頭を下げようとするので、リスティは軽く手を振った。
「いや、まだあります。一番気になってるのは……」
リスティは少し声を落とした。
「銀狼の牙って、最近若い子をよく入れるじゃないですか。今日も二ヶ月目のシリウスさんが入ってるんですけど……」
「えっと……シリウスさん、ですね。何かありました?」
エセスが書類を捲りながら確認する。
リスティは頷いて続けた。
「そのシリウスさんも、防具つけずにやっちゃってるんです。ガルドさんからの指示で。若い子にああいうやり方させてたら、いつか大事故に繋がると思うんですよ」
「ちょっと待ってください……これ、私だけじゃ対応しきれなくなってきました……」
エセスが泣きそうな顔で辺りを見回す。
リスティは苦笑して、話を締めた。
「まぁ、とりあえず報告は以上です。今回の一件は本当に申し訳ありませんでした」
今度はリスティが深く頭を下げた。
頭を上げると、エセスの目が少し潤んでいて、でも優しい表情だった。
「……本当に、ありがとうございます、リスティさん」
「ん?」
「こういう詳細を、ちゃんと報告してくれる人って少ないんです。ギルドとしては、すごく貴重な情報です。これで『銀狼の牙』の安全管理違反を正式に記録できます。追放されたリスティさんが、こうして話してくれるからこそ、他の冒険者が同じ目に遭わなくて済むかもしれない。本当に、感謝しています」
リスティは少し気まずくなって、視線を逸らした。
「別に……感謝されるとかじゃなくて。ただ、事実を言ってるだけですよ」
エセスは小さく微笑んだ。
それは事務的な笑みではなく、ちゃんと温かみのある笑みだった。
「それが、リスティさんの本質ですよ」
彼女はそう言って、書類に何かを書き込んだ。
リスティは黙ってそれを見ていた。
カウンターの向こうで、陽が少しずつ傾いていく。
まだ午後なのに、なんだか一日がすごく長く感じた。
エセスがペンを置いて、リスティを見上げた。
「これから、どうしますか?」
リスティは肩をすくめて、軽く笑った。
「とりあえず、次の仕事を探さないとですね。クビになっちゃいましたし……紹介してもらえますか?」
エセスはくすりと笑って、書類の束を捲り始めた。
「もちろんです。今度こそ、リスティさんにぴったりのお仕事、ちゃんと見つけますから」
彼女の声に、少しだけ力がこもっていた。




