File.04 ―― 記憶の欠片
■ 調査対象: レイクモール内 食品スーパー
■ 重要度: ★☆☆☆☆
■ 危険度: ★☆☆☆☆
■ 概況:16:00から翌5:00の間に怪異現象が集中。霊体による足首付近への執拗な接触、および着衣の牽引報告あり。
局所的な噂に留まらず、ウェブ上のコミュニティやSNSを通じて「心霊スポット」としての認知が拡大中。低級霊の群生、もしくは残留思念の蓄積と推測される。
「はい到着。ここが今日の現場だ」
一之瀬が運転する車を降り、建物を見上げると、水無月は思わず声を上げた。
「マジすか。ここ、レイクモールのスーパーじゃないですか。……本当に出るんですか、霊が」
空を覆い尽くす厚い雲のせいで、月も星もその顔を隠している。昼間は買い物客の賑やかな声が響き、生活感に溢れるこの場所も、深夜の営業終了後となれば人っ子一人いない。手入れの行き届かない植栽や、闇に沈んだ外観は、まるで巨大な廃墟のような不気味さを漂わせていた。静寂を破るのは、男二人の話し声だけだ。
「こういう場所には、どうしても集まりやすいんだよ」
一之瀬が淡々と語り出す。
「人が集まる場所には、死者もまた惹き寄せられる。賑やかな気配に誘われてやってくるんだ。ゲームセンター、カラオケ、テーマパーク……生前と同じようにね」
だが、と彼は言葉を継いだ。
「ここは、単に賑やかなだけじゃない。日々、無数の『負の感情』が精算されずに置き去りにされていく場所でもあるんだ。『カスタマーハラスメント』聞いたことあるでしょ? スーパーという空間は、人々の卑小で、けれど鋭い悪意が常に渦巻いている。そんな澱んだ空気が、彼らにとっては居心地のいい寝床になるんだよ」
話を続けながら、一之瀬は閉ざされた自動ドアの向こうをなぞるように視線を動かした。
「僕もスーパーで働いていた頃は、面倒な客を何人も相手にしたよ。執拗に揚げ足を取り、跪かせて謝罪を要求し、私生活の鬱憤をぶつけてくる……。彼らは店員を、一体何だと思っているんだろうね」
一之瀬は困ったように眉を下げて笑ったが、その眼差しにはどこか底知れない余裕が漂っていた。
「俺だったら、タイムカードを切った瞬間に殴りかかってますよ!」
「元気があってよろしい。それでこそ、この仕事にぴったりの人材だ」
「よっしゃぁ! 俺、向いてるってことですか!? そういうことですよね!」
「君がこの仕事を好きになれたら、そうかもね」
ガッツポーズで騒いでいる水無月とは対照的に、一之瀬は目を細め、険しい顔つきでスーパーの内部を念入りに覗き込んでいた。
「てか、さっきから何してるんですか? 中に入って悪霊退治しないんですか? 今までみたいにさ」
「うーん? 今日はしないよ。探し物をしてるから」
「探し物?」
「――おっと、そうこう言っている間に、今回の『お目当て』を見つけたよ」
一之瀬が指さす先、建物の奥を睨む。照明の落ちたスーパーの内部は、塗り潰されたような漆黒に包まれている。一切の光を拒絶するような絶対的な闇。だが、その静寂を裏切るように、奥の方で微かな光が明滅していた。まるで闇そのものが発光しているかのような、不自然な輝きだった。
「君には、あるものを回収してきてもらいたい。――『記憶の欠片』だ」
すると一之瀬は一歩下がり、水無月の背中を軽く押した。
「行ってらっしゃい」
「え、1人で!? 一緒に行くんじゃないんですか!? は!? 嫌です、聞いてないです!」
「あれ、言ってなかったっけー。ごめんごめん」
一之瀬の口から出たのは、一欠片の心もこもっていない棒読みの台詞だった。いつもは二人一組での行動だったため、今回も当然そうだと思い込んでいた水無月は、予想外の展開に驚きを隠せなかった。
「ああ、そうだ。一つだけ。くれぐれも、ここにいる霊に対して情を持たないこと。それさえ守れれば、今回の任務なんて簡単なものだよ。……僕はここで『本体』を捕まえる準備をするから、頑張ってね!」
元気よく手を振る様子からして、本当に同行する気はないらしい。
「(心霊スポットに送り出す時に、こんな嬉しそうな奴いるかよ……絶対、俺を1人で行かせること黙ってたよな)」
大きく手を振る一之瀬を横目に、水無月は「記憶の欠片」を探してスーパーの奥へと足を踏み入れた。
背筋を撫でる得体の知れない恐怖を感じながらも、心のどこかでは、抑えきれない好奇心と興奮が熱を持って疼いている。
普段は決して立ち入ることのない、業務用の搬入口。ひんやりと薄暗い空気は、雨上がりのように湿っぽく肌にまとわりつく。真夜中の静寂が、営業中の昼間には隠されていた澱のような不気味さを、これでもかと強調していた。




