戦争を終わらせた覚えはない。料理をしていたら革命が起きて銅像になった。
子供が、公園で銅像を見ながら、父親に質問をした。
「ねえ、お父さん、この銅像の人だれ?」
「この人は、長く続いた民族紛争で活躍した人物だよ」
「えー!でも鍋持ってるよ!なんか汚れてるし……もう片方は…おたま?ダサい!戦ってないじゃん!」
「ふつう、強い人が銅像になるんじゃないの?しかも鍋被ってるじゃん」
父親が、ふふっと笑う。
「この人は、
この戦争に一切関係なくて、
でも全員が知ってて――
……なんとなく、みんなが好きな人だったんだ」
「??」
そう言って、子供の父親は目を細めた。
――これは、異世界で民族紛争の終戦に(知らない間に)貢献した、ある一人の中年男性の物語。
* * *
時は数年前に遡る。
「あ……これ、やばいかも……」
テツオは、縄で縛られていた。
頭頂の髪は年齢のせいか薄くなってきており、今は恐怖の汗でびっしょりと濡れ、余計に脱毛気味な頭皮が目立っていた。
テツオは、真っ昼間に盗賊に襲われていた。
街の少し郊外でキャンプをしていたら、数人の男がやってきたのだ。
今も、刃物をこちらに向けている。
「ちょっ!ちょっとまて!ホントに待って!!!!」
「いいから黙ってろ!」
そんなやりとりの中、下っ端の若い盗賊が、チラチラと昼飯の鍋を見る。
……気になるらしい。そりゃ、いい香りがするんだから。
「飯……そうだ、飯!おい、それ食っていいぞ!」
そう叫ぶと、若い盗賊がラッキーと言い、鍋からシチューを注いだ。
一口食べると、目を見開き、口に運ぶのをやめられなくなっていた。
「ボス!これうまいっすよ!」
(くそッ……俺の昼飯……)
それを見て、他の奴らも食べ始める。腹が減っていたようだ。
ボスと呼ばれた男が、目を見開いてこちらに皿を向ける。
「これ、何を使ってる?」
「あ?えーと…具材は普通で、煮る前に塩振って焼いてる」
「他には?」
「なんもねーよ野菜くず全部ダシに使ってるくらいだ」
「……お前、他に何作れる?」
「い、色々作るけど、趣味で。辛いものとか、甘じょっぱいものとか……」
ボスが少し考えたあと、立ち上がり、縄をほどいた。
テツオは理解が追いつかず、その場に座り込んだ。
そしてボスが他の仲間にこう言った。
「おい、お前ら。こいつの荷物に手を付けるな」
「え!?でも……」
「俺の言うことがきけねーのか?」
そう言うと、盗賊たちは荒らしてた荷物から手を離し、しぶしぶその場から離れた。
ボスと呼ばれた男は、去り際に振り向いて
「明日も来る」
と言い、去っていった。
「……は?」
テツオは、しばらく呆然としていた。
* * *
「何で次の日も来てんだよ!ふざけてんのか!?」
盗賊は宣言通り、次の日も来た。しかも部下が増えていた。
テツオはあの後、急いで場所を移動したのだが、まだ盗賊のテリトリー内だったらしい。
しれっと林の中から出てきて、今、目の前に立っている。
「手土産は持ってきてる」
そういってボスは、ドサッと袋を落とした。テツオがおそるおそる中を見ると、燻製肉だった。
「お前の料理を、コイツらに食わせろ」
そう言って、盗賊たちを指した。
「……拒否権は」
「ないな」
「――じゃあ、どーぞ。勝手に食え」
テツオは、諦めてそばの石にどかっと座った。
ボスと部下の一人が鍋に近づき、器によそって食べる。
「どうだ?ピーター?」
「これは……すごいっすね。食べたことない味。塩漬け魚を煮てる」
「発想が面白いだろ?」
ボスがニヤリと笑った。
そして彼はテツオの方へ近づき、真剣な顔でこういった。
「お前、俺と屋台料理やらないか?」
「……は!?」
テツオが目を丸くしていると、ボスがこう続けた。
「俺は元々料理屋やっててな。
でも失敗して、そこから転落人生だ。家族とも離れた」
盗賊のボスが、手を差し出してくる。
「俺はハネス。お前、名前は?」
「……テツオ」
「テツオか。異世界人だな、迷い込んだか。いつからこっちに?」
「……1年ぐらいだな」
ハネスが続ける。
「この国、何で冷たい飯しかないか分かるか?」
「さあ?」
「昔、木が全然無かったんだよ」
「木は暖房優先。命に関わるからな」
「余分な木がねぇから、料理が出来ない。冷たいまま食べる食べ物が殆ど」
「だから、温かい料理の知識が積み重なってねえんだよ」
ハネスが、テツオを見据える。
「お前と、また料理屋を始めたいと思う。屋台からな」
「ちょっとまて、俺は趣味でやってるだけであって、店に出すレベルじゃない」
「俺は、もうこの味ならいけると思っている」
ハネスが、確信をもった声で言い放った。
「どうする?やるか?」
ハネスがテツオの前に手を伸ばす。
そしてテツオは――
その手を握り返した。
* * *
盗賊をやめたハネスと都市で二人で屋台を始めると、徐々に客が増えてきた。
ある日の午後、屋台に一人の子連れの女性が訪れた。
「あの……余った食材を分けてもらえませんか?」
そう言った女性の顔はやつれ、豊かな茶髪はバサバサだった。
その後ろに連れられている子供の身なりは、薄く汚れていた。
「おお、アティナか。まってろ」
ハネスがそう言うと、手早く食材を包む。
「ほら、がんばれよ。またこい」
アティナと呼ばれた女性は頭を下げると、静かに去っていった。
「あの女性、友達?」
「友達というか、知り合いだな」
その後ろ姿を見て、ハネスが言葉を漏らす。
「俺が言えたことじゃねぇが……旦那がダメでな、今は一人で子供のレナを見てる。
彼女も、仕事を探しててな。ただ、子供がいると家をあけられないからな……」
ハネスも子供がいるから、見逃せなかったのだろう。
ぱっと見たところ……子供の髪に、艶が無かった。
栄養が足りてないように思う。
そして、テツオは閃いた。
「なあ、こういうの、どうだ?」
「…いけるな」
* * *
テツオとハネスは子ども食堂を始めた。
週に1日の栄養満点具だくさんスープ。
午後の決まった時間しか出来ないが、さまざまな事情を抱えた人々が集まっていた。アティナとレナも含まれていた。
素材は、周りの屋台や食堂の余りを貰ってくる。
時々、取置して貰う事も出来た。
暫くすると、レナの髪に艶やかさが出てきた。
アティナも、肌の調子が良くなっていった。
「レナ、うまいか?」
「うん!美味しい!」
テツオは、それを聞いて満足そうに目を細めた。
それを見てアティナも笑う。
「いつもありがとうございます。テツオさん」
「いいんだ。子供は沢山食べたほうが良い。アティナもな」
そう言うとアティナが、少し恥ずかしそうにスープを口に入れた。
「おいアティナ!やっと見つけた!」
突然、男の怒声が屋台に向かって飛ぶ。
アティナが、声にビクリと肩をはねさせ、目を見開き、手が震え始めた。
レナも、同じ表情をしていた。アティナが急いでレナを抱きよせ、振り返る。
叫ぶ男がアティナに近寄り、腕を掴む。
「アティナ!てめぇ!俺を置いて出ていきやがって!家に帰るぞ!」
「あ、あなたはもう夫じゃない!帰らないわ!」
「なんだと!」
そう言って、男が、アティナに手を上げた。
肩を殴り――
――頬をパンと叩く。
それを見て、テツオの中で糸が切れた。
気づいたときには、手が勝手に伸びていた。
「アティナとレナに近づくんじゃねぇこのクズ野郎!!!」
テツオが男の胸ぐらを掴み、思いっきり殴りかかった。
男もテツオの肩を殴り、怒ったテツオが男の頬を平手打ちした。
テツオは人の殴り方など知らないので、とにかく手を前に伸ばした。
顔を何発も殴られ、痛みで隙ができた時、拳が目の前に――
――しかし――
パン!と一発音がしたかと思うと、男の体がぐらつき、地面に倒れ込んだ。
制したのは、ハネスだった。
「大丈夫か!?テツオ!」
「くそーいてぇ……」
「テツオ、お前もしかして、喧嘩したことないのな?」
「ねぇよ!全然ない!くそ…殴った方も痛ぇじゃねぇか……!」
「弱ぇのによくやるな……」
アティナが近づいてくる。レナが怯えてアティナの後ろでスカートの裾を掴んでいる。
「テツオさん!大丈夫ですか!?」
「ごめん……首突っ込んじゃって。手を上げてるのを見て、カッと頭にきて……」
「……テツオ、痛いの?」
レナが、悲しそうにテツオの血が流れる額を見る。
「大丈夫だ。ちょっと痛いけど」
テツオが、ニッコリ笑った。痛みで顔がひきつる。
本当は、かなり痛い。
笑うと、レナが少しだけ安心したようだった。
「ありがとうございます……本当に……」
アティナが涙目でテツオの額にハンカチを添える。じわりと血が滲んだ。
* * *
その後も、屋台と子ども食堂は賑わっていた。
毎週同じ人が来る事が多いが、来ないと「あの子いないね」と誰かが気付き、お互いに気をかけるようになった。
アティナとレナは常連になり、配膳を手伝ってくれるようになった。
「テツオ、テーブル片付けた!」
「偉いなレナは。助かるよ」
褒められて嬉しそうなレナの様子を、アティナが嬉しそうに眺める。
そのアティナの顔を見て、テツオも嬉しくなった。
ふと突然、頭に疑問が浮かぶ。
あれ……?
アティナって、こんなに可愛いかったっけ?
そう思った瞬間、アティナと目が合う。
驚いて、恥ずかしそうにお互いサッと見るのをやめた。
テツオは脈が一瞬はやくなったが、それは直ぐに打ち消される。
――黒い軍服の団体がやってきたからだ。
その先頭の男が、ハネスに近づいてゆく。
「よおハネス」
「……イヴァン」
ハネスの目が、厳しく光る。
イヴァンと呼ばれた男は、かなり恰幅のいい男だった。片目の眼帯に髭面。
眼光が、鷹のように鋭く冷たい。
後ろに、似たような格好の部下たちが何人もいる。
全員、武器を携帯していた。
「飯屋始めたって聞いてな、挨拶にきた。ひとつくれ。部下たちにも同じものを」
「……座ってまってろ」
ハネスが、ぶっきらぼうに言う。
そして、周りの民衆が黒服の団体をみて、ひそひそと話し合い始めた。
「あの制服…間違いない。傭兵部隊ヤロスラフだ……」
イヴァンが噂話をしている男性の方に、ニコッと笑いかけると、男性たちがさっと逃げるように去っていった。
そして、ハネスが料理をドンっと荒っぽくテーブルに置く。
「やめろイヴァン。客が逃げる」
「一応、俺達英雄なんだがな?」
「……”炎のヤロスラフ”が、英雄だった事なんかないだろ、常に殺しまくってる」
「戦争だからな」
イヴァンがスープを口に運ぶと、驚き思わず声が出た。
「うわ!マジで美味いな!?これ誰が作ってる?」
「俺です。良かったです口に合うようで」
テツオが静かに挨拶をする。
「へえ……アンタ、異世界人?」
「ええ、まあ」
「大変だなこんな紛争地帯に来ちまって。神様も、もっといい場所に送ってやりゃぁいいのに」
イヴァンがそう言うと、テツオはハハ…と乾いた笑いを漏らした。
「……なあ、ハネス、戻ってこないか?ヤロスラフに」
「戻らん」
ハネスが、目線も合わせず、短く答える。
「隊長だったときは、目つきの鋭い狼みたいなやつだったのにな。ハネス」
それを聞いてテツオが、きょとんした顔でハネスを見る。
「お前、前は飲食店って言ってなかったか?」
「……その前が、傭兵部隊だ。そこのイヴァンの下にいた」
ハネスが、ため息混じりに言葉を漏らした。
「なんだ、お前、話してなかったのか」
イヴァンが最後のスープをすする。
「美味かった。また来る」
そう言って、イヴァンに合わせて部下たちも一斉に立ち上がる。
そして去り際にイヴァンが振り返り、ハネスににやりと笑いかけた。
「ハネス、戻りたくなったらいつでも来い」
「絶体に戻らない」
ハネスは、そう短く答えた。
* * *
屋台は繁盛し、都市の中では名が知られるようになった。
ある時、王の視察団体が屋台にやってきた。
「ぜひ、異世界人が作ったうまい料理を食べてみたい」
と立ち寄ったとのことだった。
ハネスが不在で不安だったが、テツオはいつも通り料理を作り、王に差し出した。
王がスープを一口食べると、目を見開いた。
「このスープ。どうやってこんな味を出してるのだ?城で食べてるものよりも味が濃い」
「野菜くずを全て煮込んで、かつ他も使います」
「余った素材で、こんなに美味しいものが作れるとは。しかも無駄がない」
王は、感服してテツオの料理を褒めた。
「まったく……この国の料理人は、一体何をしている」
テツオは、それを聞き、ピクリと顔が痙攣したが、我慢した。
「王も楽ではない……」
そして、ため息を漏らしてこう続けた。
「国民も、見習ってほしいものだ。限界まで節約は出来るのだと」
王がそう言い終わった時、テツオはカッと頭に血が登り、バン!と机を思いっきり叩いた。
王と側近たちが驚いて一瞬立ち上がり、武器を構える。
テツオはあっと思ったが、手遅れだった。
その時、出会った時のレナの、痩せた姿が頭を掠める。
首が熱くなり、手に力が入る。
そして王の目を真っ直ぐ見て、大きく息を吸った。
「お前ら政治家が何もやらねーから、こんな事になってんだろ!」
周りの民衆も、兵士もしんっ……と静かになる。まるで、水を打ったようだった。
「俺はな、もうこの状況を前の世界で見てんだよ」
「戦争を終結させられない国同士がどうなったか教えてやろうか?」
王の目が、見開き、喉をごくっと鳴らすのが聞こえた。
テツオが、一呼吸おき、大きく口を開ける。
「なくなったよ!爆弾ぶち込まれてな!」
「俺は全く関係ない。この国の人間じゃねーし、お前の政治は心底どうでもいい。でもな……」
「おれが……おれがどんな気持ちで、やせ細った子供に飯作ってると思ってんだよ!」
テツオは、持っていたお玉を、力任せに地面に叩きつけた。
その後も、怒りで手が静かに震えていた。
「そ、そうだ!」
その時、一人の男性が、群衆の中から恐る恐る声をあげた。
「薬すら買えない……弱ってく家族に何も出来ない…!」
弱く、消え入りそうな声だったが、皆、しっかりとその言葉を聞いた。
そして、次々にざわつき始める。
それは、水の波紋のようにどんどん広がっていった。
国王が、耳元で衛兵に呟いた。
「……この屋台の男を取り押さえろ」
「し、しかし――」
「扇動罪だ。取り押さえろ」
「……テツオ、すまない」
「やめろ!おれに触るな!」
衛兵の手がテツオに触れた時、周りの群衆がざわめいた。
「なにしてんだ!テツオはなにもしてねーだろ!」
「やめろ!本当のことしか言ってねーじゃねーか!」
「お前らが戦争を終わらせないから、こんな事になってんだろ!!!!」
その途端、どこからか、衛兵に向かって石が投げつけられた。
そこから、大量の石が王の視察団めがけ降り注ぐ。
たまらず王とその護衛たちは、王を守りながらその場を離れた。
しかし、その炎は、民衆を熱量の渦に引き込んでゆく。
革命の火種がついたのだ。
その炎はどんどん燃え上がり、数日後には、城門の前に数万人規模の人間が立っていた。
* * *
閉ざされた城門の前。
集まった民衆をみて、テツオが恐れ慄く。
「こ、こんなに民衆が集まってる……俺達大丈夫なのか?軍とか出てきたら――」
「大丈夫だ」
ハネスが言う。
「軍が国民を制圧したら、その時点で政権崩壊だ。だが……このまま放置もしないだろうな」
「じゃあどうすんだよ」
「……おそらく――」
民衆ががざわつき始め、ハネスが振り向いた。
「――やっぱり来たか」
その目線の向こうには、黒い軍服の団体が見えた。
「あれ、傭兵部隊じゃないか!?お、俺達を制圧しに来たのか!?」
民衆が、ヤロスラフに怯え、悪態をつく。
しかし、誰も彼らを攻撃しようとするものは居なかった。
「おーいお前ら退いてくれ。通るぞ」
ヤロスラフは平然と民衆の中を突き進んでゆく。
彼らが城門の前に来ると、ハネスとテツオはイヴァンと出会った。
「イヴァン」
「よぉハネス」
「な、なんでここに!?」
「何って、祭りに参加しに来たんだよ」
「前線はどうした?」
「大丈夫だ。しばらくは停戦してる。前線の数カ所だけだが」
イヴァンがため息をついた。
「……こんだけ長く前線にいたら、コネも出来る」
「こ、コネ……?」
「お、やっとこの茶番に気づいた人が増えたな」
テツオの震える声に、イヴァンがニヤリと笑う。
イヴァンが静かに腰を伸ばし、ぼそりと呟いた。
「本当に、ひでえシナリオの劇だよ」
「本当は、暴動が起きてるからなんとかしろって言われて、急いで来たが……」
イヴァンが辺りを見回す。
「俺達もなぁ……ムカついてんだよ。雇い主に」
「あいつら、俺達を便利な捨て駒としてしか見てない。戦場に、何の訓練もしてない若い奴を送ってきやがる」
「昨日も、小隊が消えた。
……母国でもある。 だから今までは、目をつむってきた」
イヴァンが、一呼吸おく。
「いつか戦争が終わると信じてやってきたが……今日、呼ばれてはっきり解った。こいつらじゃ無理だ。戦争を終わらせられない」
イヴァンは、ギラリとした目つきで城の方を見た。
「もう我慢できねぇ。ここで俺が終わらせる」
そういったイヴァンの眼光は鋭く、目の奥に炎が宿っていた。
「こんな騒ぎになった火元はテツオ。お前なんだって?」
イヴァンがテツオに話しかける。
「屋台に飯食いに来た国王に、公の場で説教して、取り押さえられたからって聞いたんだが、マジか?」
「……ああ。ついカッとなって……でも、そこから――」
テツオが、バツが悪そうに、しどろもどろに口にした。
「革命の火がついちまったってわけだ!」
イヴァンがガハハと大笑いする。
「まさか、俺達に出来なかったことを、この喧嘩も出来ない異世界人がやっちまうとはなぁ!」
イヴァンがそういい、テツオの背中をバンバン叩いた。
「しかも、こいつをあのムカつく国王にぶっ放せる日が来るとはなぁ!最高の日だぜ!」
部下に指示をだすと、群衆の間から――とんでもない大きな大砲が押し出されてきた。
それを見た群衆が、わぁぁぁぁ!!!と熱狂の渦に巻き込まれる。
民衆たちの目がギラギラと光輝く。興奮しているようだった。
「お前ら!下がってろ!――ハネス、民衆はお前が指示しろ」
「……くそっ。――お前ら!下がってろ!」
「ハネス、気をつけろ。ここで一般人の血が流れたら、外が動くぞ」
ハネスが、緊張して姿勢を正す。
そしてイヴァンが拡声器を持ち、城壁に向かって怒鳴る。
「おい!中の奴!聞け!」
「門を開けろ!さもなければ、傭兵部隊ヤロスラフが城に突入する!10秒以内に開けろ!」
ヤロスラフという名前を聞き、門の向こう側から、ひぇぇぇぇという声や、カラン!と武器を落とす音が一斉に聞こえる。
「10秒って……相談する時間も無いよな?」
「これが”炎のヤロスラフ”のやり方なんだよ……」
「……よし、お前ら!逃げるやつは追うな!向かってくる奴は片付けろ!
政治家は殺すなよ!戦争の後始末をさせる!
狙うは国王!突入する!」
そしてイヴァンは、静かに手を上げ、一度だけ息を吸った。
「放て!」
大砲で、どデカい爆音が門に打ち込まれる。
革命が、始まった。
* * *
革命は成功した。
無事に国王は捉えられ、政権は崩壊した。
生き残った政治家は、周りの国に和平交渉を申し込んだ。
紛争は終わるが、一番被害が酷かった地区に、記念碑の銅像を建てる事になった。
しかし、どの国の政治家も頭を悩ませる事が発生した。
「何を建てれば良い……?」
「でも、建てないって事はできないですよ。歴史と犠牲を軽視したと言われる」
「実行者はイヴァンだけど、彼は駄目だろ。ハネスは?」
「ハネスは元傭兵です。絶対にだめです。揉めます」
「じゃあ、抽象的な像は?」
「その芸術家をどこの国にするかで揉めますよ」
「うう……」
「どこの国にも関係無く、みんな知ってる人はいないのか……」
記念碑を立てようとして、揉めているという話は、国民にすぐに広まった。
* * *
「テツオの銅像でいいんじゃない?」
子ども食堂の時間によく来ている子供が言った。
「はあ?」
「だってテツオ、異世界人だし」
「テツオの料理のこと、みんな知ってるし。うちのママも知ってる」
確かにな。と別の方向から声がした。
「テツオ本人は知らなくても、子ども食堂は知ってる人多いしな」
「俺、仕事で隣国に居たけど、『国王に抗議し拘束された子ども食堂の異世界人』って一時期有名だったな」
それを聞いていた客が、噂話をし、尾ひれがついた。
「テツオは隣国で有名らしい」
「テツオの像が立つらしい」
そして、何処かの声の大きい連中が言い出した。
「記念碑はテツオの像がふさわしい!」
こうして噂が民間の間に広まり、記念碑の会議ではお互いが渋い顔をした。
「やっぱり、テツオなのか?」
一同が、お互いの顔を見つめ合う。
「……残念ですが――」
「この戦争に一切関係がなく、
どの国の民族・宗教・国家を代表せず、
でも全員がなんとなく知ってて、
悪意を向けられづらい人――
今のところ、テツオしか思いつきません」
それを聞いて、暫定首相の男性は、ため息を付く。
こうして、国立公園にテツオの像が建つ事になった。
* * *
「よお、明日。アティナとデートの日だろ?テツオ」
「ああ、レナの事、頼むよ」
ハネスが、少し気まずそうに口を開く。
「おう……なあ、その……帰って来るの、夜中や翌朝でもいいからな。俺がレナの面倒見るから」
「!?」
「お前……片親って、デートどころか一人になる時間すらも無いんだぞ、そこちゃんと考えろよ」
「そ、そんなこと言われても、よくわかんねーよ」
「俺に考えがある」
ハネスが、ニヤリと笑った。
* * *
「おかあさん、きれい!」
「ありがとう。じゃあ行ってくるわねレナ」
「いってらっしゃい!」
レナが笑うと、アティナとテツオも笑った。
その光景を、ハネスが静かに眺めている。
「じゃあ行こうか。アティナ」
テツオが、普段より身綺麗にして、アティナの隣を歩き出した。
アティナもそれに続き、テツオの隣を歩き出す。
ドアを閉めると、ハネスが優しくレナに話しかけた。
「……レナ、テツオの事すきか?」
「うん、すきだよ!優しいから!」
「そうかそうか」
それを聞いて、ハネスはニッコリと微笑んだ。
* * *
アティナとテツオは、暫く街の中をぶらぶらと歩く。
少し遠出をしたり、食事をしたり。
そして、いつの間にか、二人とも手を繋いで歩いていた。
長い距離を歩き、日が暮れてきた。
辺りに街頭が点き始める。
ふと、テツオが足を止めた。
「あの……アティナ……」
「?」
「実は、ここの近くに……宿、とってあるんだ……」
テツオの声が、震えていた。
アティナが驚いて目を見開く。街頭の光が、キラキラと瞳に反射していた。
「いやっ!二人でって事じゃなくて、アティナ一人でもいいんだ、このまま戻ってもいいし」
テツオは慌てて身振りで大げさに付け加える。
「ハネスが……片親は大変だから、一人になる時間をプレゼントしてもいいって……」
テツオが、消え入りそうな声で絞り出す。
暫くお互い沈黙した後、テツオが意を決したように、アティナを真っ直ぐ見据えた。
そして、アティナに一歩近づく。
「ごめん、誤魔化した。正直に言う。俺、今、すごく、やましい気持ち……」
「そ、そんなはっきり……」
アティナが恥ずかしがるが、目線は外さなかった。そして、テツオが静かに口を開く。
「あの、アティナ…俺は、君がレナに向ける顔が好きなんだ」
「その顔、もっとこれからも見ててもいいか?」
アティナの瞳が潤んだ。
そして、薄い薔薇色の唇から、吐息が漏れる。
「私も、テツオがレナに向けてる顔が好き」
「……髪が薄くても?」
「髪が薄くても」
アティナが、ふふっと笑う。
そして、ふわっとテツオの唇に、やわらかい唇が触れた。
同時に、アティナが手をつなぐ。
「エスコートしてくださる?」
「もちろん」
テツオが続ける。心臓が張り裂けそうだった。
二人は宿に向かって歩き出した。
一瞬だけレナの寝顔が頭の隅を横切ったが――
――今は、胸にしまっておくことにした。




