またのお越しを、王子さま
わたしは彼らの好みに合わせて、温かいミルクと蜂蜜を混ぜた飲み物を提供した。
「どうぞ、お召し上がりください」
「こ、これは……」
「なんだ。奇妙だな……」
彼らは初めて見る飲み物に躊躇しているようだ。
「熱いうちにお召し上がりください」
彼らはそれを一口飲むと、目を見開いた。
「これは……! なんて、美味しいんだ!」
「こんなにも温かく、甘い飲み物がこの世に存在したとは……!」
「まるで夢のようだ……!」
彼らは口々に感動の声を上げる。
彼らの笑顔がわたしの乾いた心を潤わせる。
(思い切って会社をやめてカフェを継いだ甲斐があったね)
わたしは異世界の人々に癒しを提供できることに喜びを感じた。
それから数日、夜カフェには様々な異世界の人々が訪れた。
彼らはそれぞれの悩みや異世界の文化について語ってくれる。
最初はまだまだ異世界が本当に存在するのか信じられず、半信半疑で話を聞いていたけれど、彼らと話すうちに、この世界とは別の世界が存在して、彼らもそこで必死に生きているのだということを知った。
わたしは常に彼らの話に耳を傾け、温かい飲み物を提供した。
――――わたしのカフェは異世界の人々にとって、心の拠り所となっていた。
そして、ある夜。
カフェの扉が静かに開かれた。
そこに立っていたのは見慣れない男性だった。
彼の外見はこれまで会った人々となんら変わりはない。
――――けれど、纏う空気が他の異世界の人々とはまるで違う。
黒い髪に燃えるような赤い瞳。
端整な顔立ちにすらりとした長身。
身につけている衣服は見たこともないほど上質で王族のような気品を漂わせている。
その目はわたしに向けられているが、そこには好奇心とそして、どこか深い憂いが宿っていた。
相手のオーラに圧倒されそうになるが、すぐに冷静さを取り戻していつも通りの接客をする。
「いらっしゃいませ……」
わたしはそう言って、彼を席へと案内した。
彼は静かにカウンターの席に座り、わたしを見つめている。
「ここは……異界の地か……?」
彼の声は低く、しかし、澄んでいた。
「はい。夜だけ異世界と繋がります」
わたしはそう答えた。
彼はわたしの言葉に深く頷いた。
「やはり……。私はエルンストという。この国の王族だ。そなたは……異界の神か?」
「え、うん?」
今までいろんな異世界の方とお話してきたけど、初見で『神』かと聞いてくる人は初めてだった。
あと、どうやら王族とのこと。
(うわ……生王子じゃん。すごい! しかも顔も整ってる。無敵じゃん)
生の王族なんて普通に暮らしていたら滅多に会えるもんじゃない。
(写真撮ってもらおうかな……あ、でも不敬になりそうだね)
わたしは少々テンションが上がり気味になってしまう。
「いいえ。わたしはただのカフェの従業員でございます」
わたしは慌てて自分を落ち着かせると、エルンストさんという王族の問いかけを否定した。
けれど、彼はわたしの言葉を信じないようだった。
「突然、この場所に繋がった。そして、そなたはこの場所の主だ。そなたが神でなければ誰が神だというのだ」
(わたし、神になっちゃったー)
内心おどけてしまうわたし。
一瞬、わたしを神だと信じている人間がこの世にいる事態を滑稽だと思ったからだ。
けれど、そんな感情は一瞬で吹き飛んだ。
「神よ、私には悩みがある」
彼の声には深い疲労とそして、どこか絶望が滲んでいた。
「王位継承を巡る権力闘争だ。弟との間で殺し合いになりかねない。毎日が張り詰めている。心休まる時などどこにもない」
エルンストさんはわたしを『神』だと思い込んだまま、かなり重い話をし始めた。
(王位継承で弟と殺し合いなんて……異世界怖い)
彼の瞳には深い憂いが宿っている。
彼の言葉から彼が抱える重い悩みが痛いほど伝わってきた。
彼の抱える問題に対してわたしはなにかしてやれるわけじゃない。
だから、いつもどおりお話を聞きながら、温かい飲み物を飲んでもらうことにした。
「なにかお飲み物はいかがですか?」
わたしはそう言って、メニューを差し出した。
彼はメニューを見て、首を傾げた。
「この中のどれを飲めば、私の心が少しでも穏やかになるのか教えてほしい」
彼の言葉にわたしは思わず微笑む。
「お客様は甘いものはお好きですか?」
わたしが尋ねると彼の表情がかすかに緩んだ。
「……甘いもの、か。正直なところ、好物だ」
(まぁ……意外)
彼の言葉にわたしは彼の意外な一面を見た気がした。
強面なエルンストさんが実は『甘党』だなんて。
そのギャップがわたしにはとても可愛らしく感じられた。
「では、わたくしのお勧めがございます。キャラメルマキアートでございます。きっと、お気に召していただけるかと」
わたしはそう言って、キャラメルマキアートを作り始めた。
(小さいころから得意だったんだよね。キャラメルマキアートは)
温かいミルクをスチームし、コーヒーを淹れる。
そして、キャラメルソースでカップに美しい模様を描く。
キャラメルマキアートを彼の前に差し出すと、彼は戸惑ったようにそれを見つめている。
「これは……」
彼は一口飲むと、その目を見開いた。
「美味い……!」
彼の瞳が輝き始めた。
その顔には感動とそして、心からの安堵が浮かんでいる。
「こんなにも甘く、温かい飲み物がこの世に存在したとは……。私の心の張り詰めていた糸がゆっくりと解けていくようだ……」
エルンストさんはそう呟き、二口目を飲んでくれた。
彼の抱える深刻な悩み自体はこの1杯のキャラメルマキアートで解決するわけではない。けれど、その美味しさとわたしのカフェの温かい雰囲気に触れることで、張り詰めていた彼の心は確かに少し穏やかになったはずだ。
「神よ。いや、マスター。ありがとう。私の心を少しだけ救われた気がする」
彼はそう言って、わたしに深々と頭を下げた。
(お、王族が頭下げてる……)
彼は立ち上がり、カフェの扉へと向かった。
「また、来ていただけたら、うれしいです」
わたしはそう言って、彼を見送った。
扉がゆっくりと閉まる。
彼の背中が闇の中に消えていく。
「また、会えたらいいな」
――――わたしは彼との再会を心から期待していた。
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