第6話『仮面の音と目覚めの調べ』
世界には、まだ誰にも知られていない“力”がある。
目に見えず、名も与えられず、ただ――響く。
それは、魔法かもしれない。
それは、運命かもしれない。
それは、心の奥でだけ聴こえる、“音”かもしれない。
少年・エリオスが持つのは、すべてを“変換”する力。
けれどその力は、測れず、扱えず、ただ彼の中で眠っていた。
そして、あの少女が現れる。
仮面をつけ、楽器を背負い、何も語らず。
けれど、彼女の存在そのものが“音”だった。
まだ言葉は交わされていない。
けれど、ふたりの間には確かに“なにか”が響きはじめていた。
――それは、物語の始まりを告げる“最初の音”だった。
朝のホームルーム。
担任のマギカ先生が教室に入ってくると、妙に緊張した様子で言った。
マギカ先生:「えー、本日は転入生を紹介します。少し、特殊な事情がありますが……まぁ、皆さん仲良くしてあげてくださいね」
そう言って、扉の方へ視線を向ける。
ゆっくりと音を立てて開く扉。その先に立っていたのは、あの銀の仮面の少女だった。
教室が、一瞬ざわつく。
彼女は、迷いのない足取りで教壇に立ち、ゆっくりと仮面を少し上げて口元だけを見せた。
???:「はじめまして。わたしの名前は――《メルア》って呼ばれてる。楽器を使って、ちょっと変わった魔法を使います。……よろしくね」
その声は、透きとおるような響き。けれど、どこか鋭さを含んでいて、教室の空気をピリリと引き締めた。
エリオスは、彼女から目が離せなかった。
黒い羽根、銀の仮面、不思議な形の弦楽器。そして、なにより――
どこか、懐かしいような感覚。
リセリア(小声):「……なんか、変な子来ちゃったかも」
フィローネ(小声):「ううん……この子、“知ってる”」
リセリア:「えっ?」
フィローネ:「夢の中で、見たことがある。あの仮面と、あの音……」
その瞬間、教室の窓の外で、風が巻いた。
メルアが持つ楽器が、音を立てて震える。
何も弾いていないのに――音が響いたのだ。
ふわり、と空気が揺れる。黒板にチョークで書かれていた文字が一部、砂のように崩れて消えた。
マギカ先生:「おっとっと……! メルアさん、まだ魔力の制御に慣れてないとのことなので、皆さんもご配慮を」
メルア:「あら、ごめんなさい。まだこの場所の“音”に慣れてないみたい」
その微笑みは、やさしいようで――どこか、危うかった。
エリオスの心臓が、ドクンと跳ねた。
それは、ただの出会いではなかった。
何かが始まろうとしていた。エリオス自身の中でも、まだ気づかれていない“音”が、静かに響きはじめていたのだった。
⸻
放課後。
楽器を背負ったまま、メルアは屋上に立っていた。風を受けながら、星が昇り始める空を見上げる。
メルア:「“変換”の力……本当にいたのね。ふふ……あの少年、どんな音を奏でてくれるのかしら」
彼女の手が、弦に触れる。
空気が、わずかに震えた。
そして、遠くにいるエリオスの心にも、その謎の震えが届いた――。
言葉は交わさなかった。
けれど、“音”は届いた。
ふたりのあいだで、確かに。
誰も気づいていない。
ほんの小さな共鳴が、やがて大きな旋律となり、
世界のかたちを少しずつ変えていくことを。
――その始まりは、教室の窓が揺れた朝。
そして、屋上に届いた風の音だった。
エリオスの中に芽生えたものは、まだ名前も意味もない。
けれど、それは確かに「何かが始まった音」だった。
次に音が響くとき、
きっと、もう少しだけ近づけるだろう。