第4話『日常の始まり』
あれから一年。
エリオスは、ただ力を持つだけの少年ではなく、「誰かと生きる」ことを学びはじめた。
舞台は新たな学校へ――
双子とともに過ごす新しい日々は、どこか穏やかで、どこか不安を孕んでいる。
でも、それでいい。
これは、少年が「心」を育てていく物語。
あれから――一年と、少しの時間が流れた。
ライゼンの家での暮らしは、いつの間にか日常になり、エリオスにとって「家族」と呼べる存在も、ようやくできた。
あの双子――リセリアとフィローネと過ごす日々は、かけがえのないものになりつつある。
そして、今日。
エリオスは新しい学校へと通い始める。
今年で――十一歳になった。
「変換」という不思議な力を持ちながらも、それをうまく使いこなせずにいる少年。
けれど今の彼には、支えてくれる仲間がいる。
この学校は、前に通っていた小さな村の学び舎とはまったく違っていた。
ここは、多くの種族と才能が集まる場所。
そして何より――ライゼンが、リセリアとフィローネのために探し出してくれた、特別な学園だった。
「心を育てること」を重んじるこの学園では、魔法や武術よりも、「つながり」「絆」「選択」を学ぶという。
リセリアは――最初、この学校に対してあからさまに不満を口にしていた。
「戦うこともしないのに、“勉強”ってなによ!」
「こんなの退屈に決まってる!」
彼女はそう言って、部屋のクッションを何度も投げていた。
けれど、しばらくすると……彼女は“対人戦”の授業や、感情を扱う“言葉の剣術”という授業に妙に興味を持ちはじめた。
そしてなにより――この場所では、エリオスと一緒に過ごせる時間が増える。
それが、リセリアにとって一番うれしいことなのだと、周囲は気づいていた。
彼女は素直じゃない。でも、本当は誰よりも誰かのそばにいたいと思っている。
フィローネは、そのことをよく知っていた。
一方で、フィローネは――静かに、でも確かに喜んでいる。
言葉にこそしないが、「ここでなら、知りたかったことが学べる」と感じていた。
かつて閉ざされていた扉が、少しずつ開き始めているのだと、どこかで思っていた。
特に彼女が興味を示しているのは、“この世界の仕組み”と“記録”。
図書館や講義、教師たちとの対話――フィローネはそういったものに目を輝かせる。
それは、彼女が“知らなければならない理由”を心のどこかに抱えているからなのかもしれない。
⸻
朝の光が、やさしく木漏れ日のように差し込む。
その家は、森の奥に静かに佇んでいた。
木で作られた天井、丸い窓、少しだけ軋む階段。けれど不思議と落ち着くその空間は、彼にとって“家”になりつつあった。
エリオスは、まばたきと同時に目を覚ます。
エリオス(心の声):「……まだ夢の中、ってわけじゃないよな」
彼の部屋には、小さな棚と、ライゼンがくれた手作りの木剣。
そして窓辺に、ひときわ目立つ二つの花――リセリアとフィローネが「これ、おそろいね」と言って一緒に植えた花だった。
その花は、赤と緑。
双子の色。
外では、朝の鳥たちが騒がしく鳴いていた。
リセリア:「ほら、起きろ!置いてくぞ!」
部屋の扉がバンッと開き、赤髪の少女が入ってくる。
まだ制服に袖を通しきっていないくせに、一番の元気さで。
エリオス:「あ……リセリア、おはよ……う?」
リセリア:「ぼけっとすんな!今日から、ちゃんと学校なんだからね!」
そして彼女の後ろから、穏やかな声が届いた。
フィローネ:「お兄ちゃん……って呼んでいい?」
エリオス:「な、なんで急に!?」
フィローネ:「昨日の夢で、ね。エリオスくんが“守ってくれた”の」
そう言って、微笑む彼女の緑の髪が、朝の光に透けて美しく揺れる。
家を出て、しばらく森の道を歩くと、小さな町に出る。
その町の中心――まるで空を抱くような半球型の建物が、今日から彼らの通う学園だった。
門には「シェアリア学園」と書かれた文字板が浮かび、横には大きな魔法時計が、空に投影されるように回っていた。
この学校は、世界中の“才能ある子どもたち”が集められる、特別な学び舎。
獣人、妖精、魔術師、時には半神やロボットの子どもまで……
見たことのない種族たちが、広場を駆け抜け、講義室へと向かっていた。
エリオス(心の声):「……僕も、こんな中に混じって、大丈夫なのかな……?」
緊張から足が止まりかけたそのとき、隣から強い声が飛ぶ。
リセリア:「何迷ってんのよ。エリオスはエリオスでしょ」
リセリアが、エリオスの手をぐいと引っ張る。
フィローネ:「わたしたち、三人で“一緒”にいるって、昨日誓ったもんね」
その言葉に、エリオスはようやく小さくうなずいた。
⸻
教室は、石造りの塔の上階にあった。
半円形の空間に、木製の机が円を描くように並べられ、中央には淡く光る水晶の“空中黒板”が浮かんでいた。
座った途端に、周囲からさまざまな視線が注がれる。
赤い羽を持つ獣人、全身が銀でできたような自動人形、耳の長い子どもたち……
彼らもまた、エリオスたちのように「異世界から来た存在」なのかもしれない。
そして、教室の空間が一気にざわつく。
???:「おーっす、はじめましての小鳥ちゃんたち!」
浮遊する黒帽子の教師が、宙をふわふわと漂いながら現れた。
白衣に派手なマント、そして奇妙に明るい口調。
教師:「今日からこのクラスを担当する、マギ=マギカです! 魔法も生活も任せとけぃ!」
教室がさらにざわめく。
リセリア:「……あいつ、絶対うさんくさい」
フィローネ:「でも、ちょっと楽しそうかも」
マギ=マギカは、冗談交じりに自己紹介を終えると、生徒たちに順番で魔力量の測定を始めさせた。
光る水晶板に手をかざすことで、魔力の色と量が浮かび上がるという。
順番が回ってきたのは――エリオスだった。
マギ:「はいはーい、じゃ次は……エリオスくんね。そこに手を置いてー、力抜いてー」
エリオスはうなずき、言われたとおりに手を水晶板に置く。
その瞬間――
カチッ……という音と共に、板の中で何かが反応した。
マギ:「……あれ?」
次の瞬間――
ガシャンッ!
水晶が砕け散った。
教室が静まり返る。
リセリア:「は……? なにやってんのよエリオス……」
フィローネ:「……!」
その場にいた誰もが、目を丸くした。
普通の測定で壊れるようなものではない。むしろ“反応を拒んだような”壊れ方だった。
マギ=マギカは、砕けた水晶のかけらを拾いながら笑った。
マギ:「いやあ、これはちょっとびっくりだね。大丈夫、怒ってないから。」
その笑顔の奥で、エリオスの手元をじっと見ていたのは、教師だけではなかった。
フィローネの瞳が、黙ってエリオスの手を見つめていた。
その瞳は、何かを“知っている”ようだった。
けれど、語ろうとはしない。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
第4話では、エリオスが“新しい日常”へと足を踏み出し、リセリアとフィローネ、それぞれの想いも少しずつ形になっていきます。
ふたりの少女の視線が違うように、扉の先にある“未来”も同じではないかもしれません。
それでも、三人で誓った「一緒にいる」という言葉は、これからの困難にきっと意味を与えてくれるはずです。
それでも、三人で誓った「一緒にいる」という言葉は、これからの困難にきっと意味を与えてくれるはずです。
この世界は、ただ優しくもなく、ただ厳しくもない。
けれど、誰かと歩むことで、風の冷たささえ少し変わる。
エリオスの手はまだ小さく、うまく未来をつかめないかもしれない。
だけど、その手を握る誰かがいる限り、きっと何度でも立ち上がれる。
ほんの少しずつ、強くなる。
ほんの少しずつ、何かを知っていく。
そんな日々の中に、目には見えない“変化”が生まれていくのかもしれません。