第2話『森の奥、眠りを守る影』
世界には、ひとつだけ――
誰にも真似できない力が存在する。
炎を氷に。
石を剣に。
姿を、心を、運命さえも、別の何かへと“変える”力。
それは誰の手にも宿らない。
ただひとりを除いては。
けれどその力を持つ少年は、まだ気づいていない。
自分の中に“何か”が眠っていることも、
それが世界にとってどれほど異質で、どれほど必要なものなのかも。
彼はただ、風に揺れる空を眺めていた。
笑って、こけて、雷のようにうるさい育ての親に叱られながら、今日も生きていた。
普通のようで、普通じゃない。
だけど、誰よりも“普通でいたい”と願っていた少年。
その名は、エリオス。
――変えることができる、ただひとりの存在。
これは、彼が“何を変えるのか”を選ぶまでの物語。
変わっていくのは、世界か。
誰かの未来か。
それとも、自分の心か。
答えは、まだどこにもない。
でも、すべてはそこから始まった。
昼過ぎ、エリオスは森の中の小道を歩いていた。
木々の隙間から差し込む光はやわらかく、空気は澄んでいる……はずだった。
だが、どこか空気が重い。不思議な静けさが漂っていた。
エリオスは、森の中を歩いていた。木々の隙間から差し込む光は優しく、鳥の声も聞こえる――けれど、どこか不思議な静けさがあった。空気が、張り詰めていたのだ。
そんなとき、彼は見つけた。苔むした古い石の上に、ふたりの少女が眠っている場所を。
ひとりは、真っ赤な髪と赤い目を持つ少女。もうひとりは、淡い緑の髪と涼しげな瞳の少女だった。
その姿はまるで、火と風――ふたつの精霊のように幻想的だった。
エリオス:「君たち……大丈夫?」
そっと近づき、声をかけた瞬間だった。
エリオスの手の中にあった、ただの石ころが、いきなり眩しく光り――変化した。
キィン――!
その手には、銀色に輝く一本の剣が現れていた。
エリオス:(また……! まただ!)
最近、エリオスの周囲で奇妙な現象が続いていた。
持っていた枝が杖になったり、水がガラスに変わったり――
でも、今日の変化は明らかに違った。もっと強く、確かに“何か”が目覚めていた。
その瞬間だった。
森の奥から、冷たい風とともに、真っ黒な“影”が現れた。
輪郭のない体。赤く光る目。うなり声のような音を立てながら、エリオスの前に立ちふさがった。
エリオス:「な、なんだよあれ……!」
足がすくむ。剣を握る手が震える。
逃げなきゃ――でも、体が動かない。
そのときだった。
???:「……あたしの昼寝、邪魔しないでって言ったのに……」
赤髪の少女が、ゆっくりと目を開け、立ち上がった。
その動きに合わせて、空気が揺れる。風が彼女のまわりに渦を巻くように集まり、木の葉を舞い上げた。
次に目を開けたのは、緑の髪の少女だった。
フィローネ:「お姉ちゃん、もう“起きて”いいの?」
リセリア:「いいよ。こいつ、目の前に来ちゃったし。さすがに許せないよね」
赤髪の少女――リセリアが、エリオスの剣を手に取った。
剣は、まるで彼女を知っていたかのように風をまとう。
そして、リセリアの足元から風の力が噴き出し、彼女の体を押し上げた。
斬撃――!
風の刃が影の魔物を切り裂く。しかし、魔物はぐにゃりと崩れたあと、また元の形に戻ってしまう。
エリオス:「再生……!? 何度でも復活するのか……?」
フィローネ:「でも、大丈夫。リセリアは――強いから」
リセリアは静かに息を吸った。
リセリア:「風よ、私に力を……《裂風三断》!」
三つの風の刃が、三方向から魔物を切り裂く。
その一撃は、空間すら震わせるほどだった。
影の魔物は、断末魔をあげる間もなく、霧のように消えていった。
静けさが戻る。
リセリアは、剣をじっと見つめた。
リセリア:「この剣……さっきまで、ただの石だったって本当?」
エリオス:「う、うん……気づいたら、勝手に変わってたんだ……!」
フィローネ:「剣が動いたとき、風が揺れた。もしかして、あの剣……“気持ち”で作られたのかも」
エリオス:「俺の……気持ちで……?」
リセリア:「へぇ、気に入った。そういう不思議、大好き」
ふたりの少女は、まるでずっと昔から知っているような、優しいまなざしでエリオスを見つめた。
この出会いが、エリオスの“運命”を大きく変えていくことになる――
それを、少年はまだ知らなかった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
エリオスという少年は、
まだ“自分が何者なのか”を知りません。
彼の中に眠る力。
それが何を変え、誰を救い、何を壊してしまうのか――
本人にも、誰にも、まだわからない。
でも、それでも彼は前を向きます。
誰かを助けたい。
目の前にいる人を、ただ守りたい。
その小さな気持ちだけを頼りに。
この物語は、**「変える力」ではなく、「何を変えるかを選ぶ勇気」**の物語です。
リセリアやフィローネ、雷のようにうるさいけど優しいライゼン。
これからもっと多くの出会いが、彼の前に現れます。
笑って、悩んで、泣いて、ぶつかって――
そして少しずつ、強くなっていきます。
もしこの物語が、ほんの少しでも
「変わりたいけど迷ってる」誰かの背中を押せたなら、
それ以上に嬉しいことはありません。