第6話 復讐の標的
第6話 復讐の標的
■ユナ 視点
早朝のスタジオ。レイナが準備するカメラの前で、ユナは無言で髪を結び直す。目の奥には、冷たい光が宿っていた。
「方向、変えようと思うの」
「……記者じゃなくて?」
ユナはうなずいた。
「次は、“報道を消費した側”に向ける。笑った視聴者、あおったコメンテーター。とくに……『面白ければ正義』って言った奴にね」
彼女がモニターに映し出したのは、情報番組『モーニングエッジ』でお馴染みの顔——ヒラタ・ジュンペイだった。
■ヒラタ・ジュンペイ 視点
テレビ局「KTV」報道フロア。呼び出された控室で、ヒラタはディレクターの叱責を受けていた。
「ジュンペイさん……“面白ければ正義”発言、切り取られて炎上してます。ユナが動画出したんです」
「俺は“文脈”で話したんだよ。エンタメは感情の問題だって……!」
「でも世間はそう受け取らない。スポンサーが3社降りた。番組出演、当面見合わせです」
「ふざけんなよ……あれは“演出”だろ?」
そう吐き捨てたヒラタだったが、その目には不安がにじんでいた。
■ユナ 視点
新たな動画が公開された。
タイトルは『“面白ければ正義”?——その言葉で壊された人生』
映像には、父・ヒサシの報道を茶化す番組の録画。ヒラタが肩を震わせて笑っていたシーン。
その下に流れるテロップ——
『これは報道ではなく、消費だった』
動画の最後、ユナはカメラを真っ直ぐに見つめて語る。
「父は“笑わせる側”だった。でも、あんたらは“笑いもの”に変えた。だったら今度は——あなたの人生を、同じようにエンタメにしてあげる。公平でしょ?」
SNSはすぐに反応を示した。
【ヒラタ終わったな】【これは仕方ない】【でもやりすぎでは?】【彼もただの歯車だったのでは?】
■カワサキ・レイナ 視点
スタジオのモニター前。レイナはソーシャル分析ソフトを操作しながら、深いため息をついた。
「拡散速度、過去最速……30分で40万再生。だけど反応は二極化してる。“彼は悪くない”という声も増えてる」
ユナは口元を引き結んだまま答える。
「それでも、誰かが“責任”を取らなきゃならない。父は命をかけた。……命より軽い責任なんて、存在しないよ」
■ヒラタ・ジュンペイ 視点
自宅に帰ったヒラタを出迎えたのは、妻と中学生の息子だった。
「パパ……ネットに“殺人者の家族”って書かれてる」
妻は静かに目を伏せた。
「もう、家から出られないよ」
ヒラタは思わず拳を握り締めた。
「俺が何をした? あいつの父親が報道されたことと、俺のコメントが、どう繋がるっていうんだ……!」
だが、言葉はすぐに霧散した。ヒサシの映像を見返したときの自分の笑い声が、耳の奥に焼き付いて離れなかった。
■ユナ 視点
「“影響力”がある者が、何も考えずに言葉を吐く。それがどれだけ他人を壊すか、今、ようやく伝わった」
ユナはそう語りながら、次の動画のタイトルを入力する。
『報道の責任は誰のもの? “演者”と“観客”の罪』
彼女は、怒りという名の正義を冷徹に積み上げていった。
■プロデューサー 視点
テレビ局の緊急会議。上層部は苦悩していた。
「ヒラタの件、謝罪させましょうか?」
「いや、それは“認めた”ことになる。今は静観だ。……ただし、もし再度動画を出すようなら、局として契約解除も視野に入れろ」
業界は一斉に“沈黙”を選び始めていた。
■ユナ 視点
その夜、配信を終えたユナは、書きかけのノートにペンを走らせた。
——「“正義”の代償が、自分の人生になったとしても、それでも父に届くなら、私は構わない」
ページの隅にそう記した彼女の手は、ほんのわずかに震えていた。