■第4話「スクープの代償」
■第4話「スクープの代償」
■キタ・タロウ 視点
深夜の編集部。人工照明の冷たい光が、積み上がったバックナンバーの表紙を照らしていた。中央に立つ男、キタ・タロウは拳を震わせながら叫んだ。
「お前さ、もうやめてくれないか……!」
編集長・ヨコイ・サトシは無言で煙草に火をつけた。
「娘が……カナエが、学校でずっと泣いてるんだ。朝も起きられない。夜は夢で叫ぶんだ……」
それは叫びではなく、哀願だった。
だが、ヨコイは微動だにせず言う。
「正義のためにやったことだったんだろ?」
「そうだよ……! だからこそ、苦しいんだ。自分の“正義”が、家族を壊してるなんて……」
ヨコイは長い沈黙ののち、口を開いた。
「“正義”なんてものは、他人に説明するための方便に過ぎない。“真実相当性”という法の盾を使ったのは、お前自身だ。今、それが自分に返ってきただけの話だよ」
その言葉は、鋭利な刃となってキタの胸に突き刺さった。
■ユナ 視点
そのころ、ユナは炎上系YouTuber・アリマ・トウマと福井行きの準備を進めていた。
「記者の“親”に会いに行く。命は惜しいか? じゃあ、他人の人生を壊す前に、それを考えろ」
表情には、もはや怒りすら感じられなかった。そこにあったのは、機械的な執行者の顔。
「笑わない正義なんて、ただの復讐だよ」
レイナが小声で言ったが、ユナは応じなかった。
■キタ・カナエ 視点
自宅の一室。ベッドの上でカナエは天井を見つめていた。
SNSには自分の写真、動画、学校の名前までが出回っていた。クラスメイトの視線は日に日に鋭くなり、友達の親から「付き合いを控えるように」と言われたという噂も耳に入った。
「……ねぇ、パパ。これが、正義?」
隣に座る母は泣いていた。けれどカナエは、涙すら出てこなかった。
■警察署 取調室
ヨコイ・サトシは警察の事情聴取を受けていた。
「あなたは、自分たちの報道が、記者家族を標的にされることを予測できなかったと?」
ヨコイは穏やかに、だが明瞭に答えた。
「予測していました。報道には代償が伴うと、最初から分かっていた。それが、我々の“正義”です」
だが、その正義の代償は、あまりにも重かった。
■ユナ 視点
新たな動画がアップされた。
『悲しむ権利? 記者にそれはない』
画面には、薄暗い病院の一室で、点滴を受けるカナエの映像が静かに流れる。母がその手を握り締めていた。
ユナの声が重なる。
「記者の身内が壊れた? かわいそう? ……でも、私の父が殺されたとき、誰が悲しんでくれた? 誰が助けてくれた? “悲しむ権利”なんて、ないよ。あんたらが壊した側なら、壊される覚悟をしなよ」
コメント欄には様々な声が渦巻いた。
【正論】【やりすぎ】【でも目を背けるな】【因果応報】
■カワサキ・レイナ 視点
夜、レイナはユナに言った。
「……ユナ、誰が勝ってるかじゃないよ。どこまで壊れてるかなんだよ、今のこれは」
ユナは言葉を返さなかった。ただ、机の上にあった一枚の紙に、静かにペンを走らせていた。
そこに書かれた言葉は——
——「私は、もう笑わない。壊すことでしか、父を守れないなら、そうするしかない」
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