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■第3話「沈黙の相方」

■第3話「沈黙の相方」

■ミナト・マサノリ 視点


大阪・なんばグランド花月の裏通り。薄暗い喫茶店の奥の席で、ミナト・マサノリは身を潜めるように座っていた。


テーブルには、かつての相方——タカタ・ヒサシと共に書き綴った漫才ネタ帳。そして冷めきったコーヒー。


スマートフォンの画面が点滅していた。タカタ・ユナの最新動画の通知だ。


《真実相当性の名のもとに人生を壊された人たちへ》


震える指で再生ボタンを押す。


『沈黙は、共犯。父さんを救えたはずの人が、黙っていた。そのせいで、父さんは死んだも同然だ』


その一言が、ミナトの胸を抉った。


「……ワシやな、ユナ。お前の言う“共犯者”は、ワシのことや」


ネタ帳の最終ページには、ヒサシの走り書きが残っていた。


——「笑いは、剣や。でも、その剣を振るう相手は、自分より強いやつにせなあかん」


■回想:5年前


当時、お笑いコンビ「ナンバテン」は絶頂期にいた。MC番組、舞台、CMに引っ張りだこで、ミナトとヒサシは毎日のようにテレビに顔を出していた。


だが、ある日を境に空気が変わる。


——高級ホテルでの“六本木ゲーム”疑惑。


記事の見出しは強烈だった。「女性への強制接待」「若手芸人の供述」「ホテルの監視カメラ記録」。編集された情報が一斉に出回った。


「ヒサシ、お前ほんまにやってないんか……?」


そう問うミナトに、ヒサシは力なく笑った。


「……やってへん。“ネタ”やっただけや。笑いに変えられると思たんや。でも、笑われへんかった」


だがその後、記者会見での涙ながらの謝罪が、彼の“敗北”として報道された。


テレビは次々と番組からヒサシを降板させ、相方だったミナトも無言を貫いた。


「お前、なんで擁護せんかったんや!って、今でもよう聞かれる。でもな……芸人としての“終わり”が怖かったんや」


沈黙こそが、自分を守る唯一の術だった。


■ユナ 視点


夜、ユナは自室でネタ帳を見つめていた。父の字で綴られた毒舌、ツッコミ、構成案——どれも愛に満ちていた。


「父さん……あなたの武器は“笑い”だった。でも私は、“怒り”しか持ってない」


彼女の指は、ノートの最後のページをなぞる。


——「お前は沈黙を選べ。芸人は笑わせてなんぼや」


それは、父が相方ミナトに送った最後のメッセージだった。


「……それ、免罪符になんかならない。沈黙は“加担”だった」


動画配信の準備を進めながら、ユナの声はどこまでも冷たく静かだった。


《裏切りの相方——沈黙が殺した芸人の魂》


タイトルを入力し、アップロードボタンを押す。


■視聴者の反応(SNS実況)


【うわ、相方出てきたのか……】

【マサノリ、今まで何してた?】

【芸人のくせに黙ってたんだろ?】

【でも、どうすれば良かったんだろうな……】


その声は、責めと共感と混乱が入り混じっていた。


■ミナト・マサノリ 視点


ミナトはユナの動画を見ながら、ふとある映像を探し始めた。コンビで最後に出た舞台——テレビでは放送されなかった、幻のライブ映像。


「ヒサシは、最後のステージでこう言った」


映像の中で、ヒサシは観客の前で深く頭を下げた後、こう語っていた。


「……誰かを笑わせることと、誰かを傷つけること。紙一重や。せやから、ワシは“間違えた”と思った瞬間、ステージを降りる。ほんまに、すまんかった」


その時、ミナトは袖で見ていた。だが——出ていけなかった。


「ワシの沈黙が、あいつの“最後の言葉”に蓋してもうたんや」


■ユナ 視点


配信の終盤。


ユナは観客席のない空間で一人、カメラに向かって語った。


「“笑い”は、人を救える。そう信じてた父が、その“笑い”で壊された。誰も止めなかった。相方も——止めなかった」


「私が言いたいのは、“今からでも遅くない”ってことじゃない。もう遅い。“遅さ”は罪なんです」


その言葉は、鋭く、深く、多くの沈黙していた者たちの胸を突いた。


■ミナト・マサノリ 視点


その夜、ミナトは長らく開けていなかった舞台台本の棚を開いた。中央には、一冊だけ色の違うネタ帳が置かれていた。


ヒサシが最初に書いたネタのコピー。漫才タイトルは——《正義と正解》。


その見出しを見つめながら、ミナトはつぶやいた。


「……あんたの“正義”が、ようやく届いた気がするわ。ユナ……すまんな。ほんまに、すまんな」


彼は封筒に一枚の便箋を入れた。


——タカタ・ユナへ。


封をして、投函する。


■ユナ 視点


その便箋が届いた日、ユナは初めて涙を流した。


——「ヒサシがいなければ、ワシも“笑い”を信じられへんかった。あんたの怒り、ワシが全部背負う。それが、残された相方の責任やと思ってる」


ユナは、その手紙を燃やした。


許したのではない。ただ、“理解”しただけだった。


——「沈黙は共犯。でも、赦しもまた、“声”から始まるのかもしれない」


そう書き加えたノートを、彼女は机の引き出しにしまった。



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