■第1話「炎上の幕開け」
■第1話「炎上の幕開け」
画面には、濃い黒髪をなびかせた少女が映っている。目の奥に怒りの火種を宿し、どこか冷ややかな微笑を浮かべながら、静かに口を開いた。
「金さえ払えば、他人の人生を壊しても良いって——あんたらの理屈、そっくりそのまま真似してやるよ」
その声が、YouTubeの配信画面から全世界へと流れた。
チャンネル登録者はすでに百万人を突破していた。配信開始から十数分で、視聴者数は二十万人を超え、コメント欄は罵倒、称賛、懐疑が入り乱れる戦場と化している。
画面右上、モザイク処理された映像に中学生の制服を着た少女が泣きじゃくる姿が映る。音声はカットされていたが、その嗚咽は視聴者の想像を駆り立てた。
「これは、あんたの親がやってきたことのコピー。週刊誌記者・キタ・タロウの娘、キタ・カナエちゃん。かわいそう? あんたの親が他人の人生を壊して笑ってたんだから、私も真似してるだけ。なんか文句ある?」
ユナ——本名タカタ・ユナ、人気ユーチューバー。その背後に、今は亡き父・タカタ・ヒサシの影が重なっていた。
一瞬の無音の後、画面が切り替わり、「本日のスポンサー:自己責任株式会社」という皮肉なテロップが表示される。彼女はゆっくりと深く息を吐いた。
「……再生数、伸びるなこれ」
配信を終えたユナの背後から、ノートPCを抱えた女性が入ってくる。彼女の名はカワサキ・レイナ。ユナの親友にして、チャンネルの運営と情報分析を担当するブレーンだ。
「今、トレンド1位。あと……広告は外されるかも。企業側も動揺してる」
「構わない。金はあるし、燃やすネタも尽きない」
ユナの言葉は、まるで手段を選ばない宣戦布告のようだった。
レイナは一瞬、言葉を選んだあと問いかける。
「ユナ……本当にここまでやるの? 記者の娘を晒すなんて、もう……」
「私の父さんが壊されたとき、誰も止めてくれなかった。あんたらが始めたルールに、私が従ってるだけだよ」
ユナの父、タカタ・ヒサシはかつて伝説的なお笑いコンビ「ナンバテン」のツッコミとして知られた人物だった。だが、あるスクープをきっかけに表舞台から姿を消した。
“高級ホテルでの性的ゲーム強要疑惑”
決定的証拠とされたホテルの記録、曖昧な証言、涙の告白。それらは編集の手によって「真実」へと作り変えられた。
「“真実相当性”って言葉が、うちの父さんを殺した」
ユナの声が、にわかに震えていた。
「事実かどうかじゃない。記者が“そう思った”って言えば、法的に許されるんだよ。それで、父さんの人生が終わった」
そして、母・ヨシコの人生もまた——。
部屋の隅には、いつも同じ椅子に座るヨシコの姿。食事も満足に取らず、外に出ることもなく、病院と家を往復するだけの生活。そんな母の姿を、ユナは幼い頃から見続けていた。
「壊すだけよ。あんたらが壊したように、私も壊す」
■編集部——週刊ブンゲイ社。
「なんだこれは……まるで地獄だ」
編集長・ヨコイ・サトシは、目の前のモニターに映るユナの配信を睨みつけていた。
部下が慌てて報告に飛び込んでくる。
「編集長! タカタ・ユナが記者家族を再び晒しました。SNSでトレンド入り、抗議電話が殺到しています。弁護士からも——」
「“真実相当性”がある。我々の報道は正当だ」
ヨコイは静かに、それでいて確信に満ちた口調で言い切った。
「法的にグレーだろうが、我々は引かない。……ただし、彼女を“悪者”に仕立てる準備はしておけ。世論の風を変えるんだ」
その夜、ユナの新たな動画が投稿された。
タイトルは『マスコミが他人の人生を壊しても、数百万で済む理由』
ユナの声が、かつての演者だった父のように滑らかに、しかし鋭く、視聴者の心を切り裂いていく。
「みんな知らないでしょ? “真実相当性”って言葉一つで、芸能人の人生を潰しても、記者は数百万しか払わなくて済む。……そんな世の中が、正しいと思う?」
続いて登場したのは、弁護士・ウメダ・ショウ。彼の語り口は理知的でありながら、どこか儚さを孕んでいた。
「これは法制度の問題です。記者が“真実だと信じた”と立証できれば、損害賠償額は大幅に抑えられる。正義かどうかは……別の議論でしょう」
その頃、炎上系YouTuber・アリマ・トウマの動画もアップされていた。
カメラはキタ・カナエの通う学校前で止まり、アリマがマイクを構えて迫る。
「ねぇ、お父さんが“人生を壊した側”だったって、どう思う? 今、あんたが味わってるのは、その“お返し”なんだよ」
それを観たユナは、無言で画面を閉じた。
「面白ければ正義——あんたらがその理屈で父さんを殺した」
彼女の表情に、微かな笑みが浮かぶ。
「だったら私も、面白くて過激な“正義”を見せてやるよ」
復讐の幕は、今上がったばかりだった。
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