第22話 笑いを奪われた日
第22話 笑いを奪われた日
■ユナ 視点
照明を落とした編集スタジオ。スクリーンに映るのは、父・ヒサシが最後に立った舞台だった。
スモークに包まれた小劇場。満員の客席。耳をつんざくような拍手と、腹の底からの笑い声。
「……あの日を境に、誰も父の“笑い”を語らなくなった」
ユナはスクリーンに手を伸ばした。だが、それはただの光の集合体でしかなかった。
2019年12月。ヒサシは騒動直前の舞台で、新ネタを披露していた。だが、笑いはどこかぎこちなく、観客の反応は鈍かった。
舞台袖でモリヤマ・ケンジに漏らした言葉を、彼女は聞かされていた。
『笑いが届かへんのは、笑われてるからや。芸人ってのは、笑わせる側でいなアカンのに』
それが、父が舞台を降りた最後の言葉だった。
■回想:ネタ帳の一節
ユナは自室で父の漫才ノートを開く。そこに書かれていた一節。
——「笑いで救えない人間なんておらん。せやけど、自分自身が救われてへんかったら、あかんのや」
「父さん……あんた、最後まで“芸人”やったね……」
ユナの頬を、涙が伝った。
■動画タイトル:《報道が奪ったもの——それは“笑い”でした》
彼女はスタジオに戻り、動画を収録した。
「人を笑わせること。それが父の全てだった。でも報道は、彼を“犯罪者”として裁き、すべての仕事を奪った」
「それ以降、彼の姿はテレビから消え、配信も削除され、YouTubeの切り抜きもBANされた。“笑い”そのものが“罪”として処理された」
彼女の声には怒りよりも、静かな悲しみがにじんでいた。
「私は、それを許さない。“芸人”の命を、“見出し”ひとつで殺す世界を」
■SNSの反応
配信後、異例の事態が起こる。かつてのヒサシのネタが“再評価”され、ファンによる未公開映像の共有が始まった。
【今見ても面白い】【あの人の言葉は生きてた】【笑いって、生きる力だったんだな】
しかし、ユナの中の“笑い”は、もう取り戻せなかった。
■レイナとの対話
「ユナ……あなた、もう“笑って”ないよね?」
レイナの問いかけに、ユナは作り笑いで返した。
「私は“笑い”を語る資格なんてないよ。もう笑えないから」
それは、自分自身を呪うような言葉だった。
■深夜、ユナのノート
その夜、ノートにこう綴った。
——「父が奪われた“笑い”を、私が“責任”として引き受ける。だから、私の最後の舞台は“笑い”じゃなくて“償い”になる」
ページを閉じるその手は、震えていた。
—
この物語は、笑いを奪われた一人の娘が、報道の構造と正義に挑み続ける“最期の舞台”の物語でもある。




