第17話 数億の損害、数百万の慰謝料
第17話 数億の損害、数百万の慰謝料
■東京地方裁判所・第802法廷
法廷内は沈黙していた。天井の蛍光灯が無機質な光を放ち、冷房の低い音だけが耳に残る。
「原告ヨコイ・サトシは、被告タカタ・ユナによるYouTube上の投稿が“名誉を著しく毀損した”として、損害賠償を請求しております」
書記官の読み上げに、傍聴席がわずかにざわめいた。
正面に座るユナは、真っ黒なスーツ姿。口元は結ばれたまま、視線を一点に据えていた。
その背後に、母ヨシコ、レイナ、そしてウメダ・ショウ弁護士。彼らもまた、言葉を持たなかった。
■記者会見
「報道は公益のためにあるとされます。しかし、公益を盾に“誰でも壊せる”という構造が正当化されてはなりません」
ウメダが口火を切った。
「今回、我々は“真実相当性”が一方通行の論理であることを証明します。父ヒサシ氏は、その空論によって社会的信用を失い、舞台から追われ、家族は崩壊しました」
彼が示したのは、計算書だった。
仕事契約打ち切りによる逸失利益:3億2,000万円
違約金:7,200万円
精神的損害・家庭崩壊による損害:8,600万円
裁判費用等諸経費:1,500万円
「以上の合計、5億3,300万円に対し、支払われた慰謝料は——わずか600万円でした」
報道陣がざわつく中、ユナが前に出た。
「私はこの金額を見て、“人生の値段”が決められたと感じました。ならば、同じ手段で、同じだけ返す。それが、私の復讐です」
■その夜の配信《人生の値段、あなたはいくらで壊されますか?》
動画では、冷静に“損害”の数字を列挙するユナの姿があった。
「これが、私の父の“値段”です。これが、報道が人の人生を潰すときの“正規ルート”です。記者も出版社も守られる。被害者は、泣き寝入りしかない」
ユナの視線はカメラを越えて、視聴者の心を突き刺すようだった。
「なら、私も“数字”で壊す。家族、職場、生活。その全部を“見せ物”にして、再生数で換算する。あなたたちが始めた方法で——ね」
■ヨコイ・サトシ 視点
裁判後、出版社「ブンゲイ社」の会議室。
「娘が学校でいじめられている。“お前の親父、人殺しだろ”って——」
ヨコイは震える手で紙を握り潰した。それは掲示板のコピーだった。
「社会正義のために報道した。それが、まさか自分の家族に返ってくるとは……」
彼の目に宿ったのは、怒りではなかった。初めて“報道される側”になった者の、どうしようもない孤独だった。
■レイナ 視点
「……ユナ。あなたは、何を壊して、何を守ってるの?」
編集画面のユナを見ながら、レイナは声に出した。
だがその問いに、ユナはもう答えなかった。
彼女はただ、カメラを見据えたまま、次の動画タイトルを打ち込んでいた。
《記者の死に“悲しむ権利”はあるのか》
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