第16話 真実相当性の罠
第16話 真実相当性の罠
■ユナ 視点
深夜の編集室。無音の空間に、ノートPCの冷却ファンがかすかに鳴る。
ユナはテーブルに広げた資料をじっと見つめていた。父・ヒサシのスキャンダルを報じた週刊誌のバックナンバー。記事の末尾に記された小さな断り書き——
「本記事は、記者が現場で得た情報に基づいており、真実相当性があると判断しています。」
「“真実相当性”……それって、“本当じゃなくても、そう思って書いたなら無罪”ってことだよね?」
彼女は静かに、笑うように言った。
■ウメダ・ショウ 視点
「今回の反訴でも、その“真実相当性”が争点になる。つまり、“事実かどうか”ではなく、“記者がどう感じたか”が基準になるんだ」
ウメダは書類を指しながら言った。
「報道における名誉毀損では、“公益性”“公共性”“真実性”または“真実相当性”の四つが鍵になる。君の父に対する報道は、証拠不十分でも“正当な取材だった”という一点で正当化された」
ユナは黙って聞いていたが、やがて静かに言葉を返した。
「だったら私も、“正当な怒りだった”で通せる世界を見せる。あの人たちが使ったルールで、同じように戦う」
■動画配信『報道の魔法 “真実相当性”とは?』
画面には、ヒサシの報道記事と、後に判明した“事実誤認”の指摘部分が並べて表示される。
「この記事、事実に基づいてません。なのに“記者がそう思ったから”で無罪。これが“真実相当性”という法律用語の恐ろしさです」
視聴者のコメントが流れる。
【これ、マジでヤバいやつじゃん】【そんな曖昧な基準で人の人生潰せるの?】
さらに、ユナは父の動画と対比してナレーションを続けた。
「父の芸が、裁判では“証拠”として歪められました。“性的意図があったように見えた”。それを信じた記者の“認識”が、父を地獄に突き落とした」
■ヨコイ・サトシ 視点
出版社「ブンゲイ社」。編集長室の壁にかけられた判決文のコピーを見ながら、ヨコイは部下に言った。
「この報道に“誤報”はなかった。記者は正当な取材をし、適切な情報源をもとに記事を書いた。それが法の判断だ」
だが、その目はどこか曇っていた。
「“事実”は後からどうにでもなる。問題は、“そう見えたか”という空気を作れるかどうか。報道とはそういうものだよ」
■カワサキ・レイナ 視点
「……ねえユナ。あなたは今、“あの人たち”と同じ言葉で戦ってる。気づいてる?」
ユナは画面を編集しながら、静かにうなずいた。
「知ってる。でも、それ以外に“世界を動かす言葉”が、今の私には見えない」
「じゃあ、その代わりに壊れるのは、あなた自身ってこと?」
ユナの手が止まる。
「……それで済むなら、安いものだよ」
■ナレーション
「真実相当性」という名の魔法。
それは、報道を守るために作られた“盾”であり、同時に“刃”でもあった。
記者の“認識”がすべてを決定し、結果がどうであれ責任を問われない世界。
ユナはそれに反旗を翻すことで、同じ“刃”を手に取った。
だが、その代償は、彼女自身を削り取っていく。
■ユナ 視点
配信を終えたあと、ユナは父の漫才ノートを開いた。
最後のページにこう書き加える。
——“私の正義が、誰かの痛みになったとしても。せめて“責任”だけは、誰にも渡さず持っていたい。”
その文字に、微かに涙が滲んだ。
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