0話「沈黙の始まり」
暗い部屋の片隅、少女は小さなノートにひと文字ずつ、震える手で言葉を書き連ねていた。窓の外からは、遠くテレビのニュースが流れる。画面の中では、誰かのスキャンダルが「社会的正義」の名のもとに消費されていく。
少女の名はタカタ・ユナ。まだ父が生きていた頃、家の中にはいつも笑い声があった。父・ヒサシは人気お笑いコンビ「ナンバテン」のツッコミとして、テレビの中で輝いていた。母・ヨシコも、そんな父を誇りに思い、家族三人の生活はささやかながらも幸福だった。
だが、ある日すべてが変わる。
「高級ホテルでの性的ゲーム強要疑惑」--テレビから流れたその言葉が、家の空気を一瞬で凍らせた。父は何も語らず、母は台所の椅子に座ったまま動かなくなった。学校でも、友人たちの視線が変わった。ユナは、まだ何が起きたのか理解できなかった。
数日後、父はテレビから消え、家には記者が押し寄せた。玄関の前でフラッシュが焚かれるたび、母の手は強くユナの肩を抱いた。だが、その腕の震えは隠せなかった。
「パパは悪いことなんてしてないよね?」
その問いに、母は答えなかった。ただ、静かに涙を流していた。
やがて、父は家からも姿を消した。残されたのは、机の上の漫才ノートと、母の沈黙だけ。
ユナはノートに書いた。
--「沈黙は、何も守ってくれない」
その夜、彼女は初めてYouTubeを開いた。画面の向こうには、父のスキャンダルを面白おかしく語るコメンテーターたち。コメント欄には、父を罵る言葉が溢れていた。
「面白ければ正義--」
その言葉が、ユナの胸に深く突き刺さった。
彼女は決意する。
「この沈黙を、いつか終わらせる。その時、私は“誰かの人生を壊す側”になるかもしれない。でも、父が壊された痛みを、絶対に忘れない」
そうしてユナの物語は、静かに、しかし確かに始まった。
--0話・了
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