STORIES 089: イッツ・レイン
STORIES 089 :イッツ・レイン
昨夜から降り続く、しとしと雨に濡れている。
微かに聞こえる外の世界。
早朝の静けさに包まれた部屋。
ベッドに寝転び見上げた窓には、まだ黒い空しか見えない。
隣から聞こえる小さな寝息。
わたしは…
静かにゆっくりと、息を吐き出しながら体を起こす。
鏡の前に座り、ボサボサの髪を少し撫でつけ…
またクシャクシャとかき回してみる。
視界を少しだけ遮る、長く伸びた前髪。
これで5回目の雨の日だ。
彼が目覚めたら、そのまま帰ってもらおう。
今日でさよなら。
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3ヶ月前、友人が企画した販促イベント。
わたしは会場整理を手伝うことになり、商材の補充と説明をしていた彼と知り合った。
そして打ち上げの席で意気投合し、次の週末に観ようと思っていた映画に一緒に行くことになる。
ありふれた出逢いかた。
映画くらいなら、あんまり話さなくていいから丁度いいかな、そう思った。
たぶんお酒の席でのこのノリは…
次に明るいところで会うときまでは、続かないと思っていたから。
正直、時間を置いてから改めて会うのは、なんだか気が進まない。
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わたしは、色恋沙汰で自分の毎日のペース、ルーティンを乱したくないと思いながら暮らしている。
誰かと一緒に過ごしたい気持ちもある。
でも、気を遣い過ぎずに隣にいられる、そんな関係を築いてゆく道のりは、果てしなく遠く感じてしまう。
いろいろ省略して、パッと気楽に付き合えないかな。
…都合のいいことを言っているのは知ってる。
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数少ない友達のひとりだけれど、親友と呼べる彼女。
もう何度いわれただろう。
アンタはね。
愛し方を知らないから、相手をキチンと
見極めてから付き合うことができないの。
愛され方も分かってないから、ちょっと
優しくされただけで、愛情だと勘違い
しちゃうの。
いい?
今度は簡単に寝ちゃダメだよ?
あの人、誰にでも優しいんだから。
彼女は心底、心配してくれている。
いつも、そんな目で困ったように諭すよね。
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食事に出掛けて帰りが遅くなったある夜、彼をわたしの部屋に泊めることになった。
その夜は激しい雨が降っていた。
何だろう、全然しっくり来ないこの気分は…
2杯目のリキュールまでは楽しい時間だったはず。
その後の会話には興味を失い、買い忘れたシャンプーのことばかり考えていた。
この人である必然性を感じられない。
雨さえ降っていなければ、今夜もひとりで帰っただろうに。
この雨さえ降っていなければ…
真夜中の窓辺に座り、ぼんやりと外を眺めていた。
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その後、彼はときどきここに泊まった。
愛してるとか好きだとかは、一度も口にしなかった。
…それは、わたしもおんなじか。
惰性というか偶然というか、とにかく必然ではなかった気がする。
仕事からの帰り道、電車に揺られながら、ふと思う。
次に会うとき…
そうね、一緒に過ごしても何も運命的なものを感じることがないのなら、ちゃんと気持ちを整理しようかな…
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そして5回目の雨降りの夜が明けた。
やっぱりこの部屋には…
愛情と呼べるようなものは存在していないみたい。
少し曇るガラス窓に、人差し指を滑らせる。
It's rain.
彼もわたしも、なんとなく一緒に過ごしてきただけ。
流れ落ちる水滴で滲んでしまう。
窓に書いた文字も、わたしの虚ろな視界も…