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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

雨と死体、そして初恋

作者: 白川雪道


 傘を閉じると、しとしと、と屋根の隙間から垂れる水滴が額に掛かる。

 雨が、降っていた。

 それに苛立ちを感じつつ、ドアノブを捻ると、鍵が掛かっていないことに気付く。

 背筋が冷えて、額に浮いた汗か水か分からない物を拭った。

「っ……」

 急いで中に入ると、玄関の前に人影があるのに気が付く。


「お帰りなさい」

 やっと聞こえた彼女の声は、そうやって迎え入れてくれる。

 その事に安心して、今日もそれを告げた。

「……ただいま」

 そうやって無理矢理笑顔を見せると、彼女は満足そうに微笑むのだ。

「ご飯、出来てるよ」


 


 



 


 


 


 




 兄が、死んだ。




 鈴木光一すずきこういち。十七歳。

 自分とそっくりな大学生の兄がいて、どちらかと言えば運動神経は良い方だと思う。

 初恋は、中一の春。四つ離れた兄の彼女だった。

 高校二年生だった兄が初めて連れてきた彼女。一目惚れ。あんなに綺麗な人がいるんだ、と思った。

 叶わない、ある意味敵わない恋であったが、良い思い出である。

 分かっていると思うが──兄は、凄い人だ。勉強が出来て、運動神経も抜群で、自分と同じ顔のくせにモテる。



 そんな兄が、昨日、死んだ。



 大学からあまり離れていない家に帰る途中。

 交通事故だった。

 歩道を歩いていたときにトラックが突っ込んで、意識不明の重体。死んだと知らされたのは、次の日の朝だった。

 鈴木秋斗。

 すずきあきと。

 スズキアキト……

 先生が呼んだ兄の名前を、頭の中で何度も何度も繰り返した。

 兄が、死んだ。

 最初は、全く理解出来なかった。

 だが、次第にじわじわと実感が湧いてきて、怖くなる。

 両親が此方を見てくる。

 その目が酷く冷たくて、怖い。

 昔から、そうだ。

 期待なんかしてくれない。兄以外を見てくれない。

 機嫌が悪いときは光一に暴力を振るうくせに、先生や友達の前ではそれを隠す。

 兄が死んでも、それはきっと変わらない。

 数日後に行われた葬式では、親戚に加えて兄の友達と思われる人たちが沢山来ていた。

「秋斗……何でだよ」

 袖口で目元を覆っていたその男性は、兄の友達の一人だ。

 一度、兄と共に炬燵で寝転んでいる姿を見た事がある。

 その日は雨が降っていて、濡れたストレートの前髪は額にくっついていた。


 ふと、トイレの前で蹲る女性の姿が見える。

「っ……う」

 泣いているようで、体が小刻みに震えている。

 彼女も兄の友達の一人、だろうか。

「大丈夫、ですか?」

 彼女が顔を上げる。

 見覚えのある顔立ち。

「あ……光一、君」

 薄い涙を浮かべる瞳に、背景に溶けてしまいそうな程に白い肌。

 丁寧に毛先を整えられたストレートのロングヘア。

 彼女は、

「兄さんの……」

 兄の、彼女。そして、初恋の人──柏木蘭華かしわぎらんかが、そこに居た。


 こんな時にも拘わらず、心臓が大きく跳ね上がるのが分かる。

「蘭華、さん」

「ぁ……ごめんね。こんな変なとこ見せて……」

 ピンクの刺繍が施されたハンカチで、目元を覆う。

 雨の匂い。

 土が濡れた時の。

 それがふと、鼻を掠めた。

「兄さんと、付き合ってましたよね」

 分かりきった事を口走る。

「……うん。もう、何年だっけな」

 そうやって真っ赤になった唇を噛む姿は、とても痛々しい。

「すみません」

「大丈夫、」

 そう言いながら熱い涙を流す彼女に、申し訳なくなる。

 兄のことは好きだった。

 大好きだった。

 でも、彼女のようには泣けない。

 身体中の水分が枯れ果ててしまいそうなくらいに、いつまでも止まらない涙。

「……」

 泣けない自分が虚しくなる。

 でも、瞳は乾いていくばかりで、涙なんて溢れなかった。


 


 葬式が終わって、両親の車に乗り込む。

 車内には、夏のくせに冷たい空気が流れていた。

 両親は、光一の事を見ない。

 ──兄が死ぬ前も、こうだった。

 両親は成績優秀な兄以外は眼中になく、弟の光一は両親がストレスを吐き出すための道具だった。

 殴られ蹴られした光一をいつも庇っていたのは、兄だった。


 そんな兄が、もう居ない。


 両親とのこれからを考えただけで、吐き気がする。

 これなら、死んだ方がましだ。

 そんな勇気、ないのだけれど。

「着いたぞ」

 父が呟いた言葉は、周りの空気に溶けていく。

 車から降りるとき、制服のズボンが擦れ、砂が付いた。

 扉を開け、玄関。

 踵を庇うように屈み込み、出来るだけゆっくり、少しずつ靴を脱いでいく。

 スリッパを履いた後、そのまま深呼吸をして、リビングを抜けた。

 階段を静かに登り、自身の部屋に駆け込む。

「兄さん……」

 両親が、怖い。

 兄が、いなくなったら、生きていけない。

 そのままベッドに体を沈めると、一日の疲れが重くのし掛かる。

 目蓋を閉じる前に、ふと、思った。


 家出、しよう。


 


 


 

 兄がいないこの家には、もう、いられない。



 



 

 そう思えば、後は早かった。

 リュックに菓子パンや天然水のペットボトルを詰め込んで、顔を隠すために帽子の上から更にフードを深く被る。

 深夜。梅雨時の雨が降り注ぐ中、一人だけで外に出た。

 地味で真っ黒な傘を差して、夜道を歩く。

 街灯の灯りの周りに集まる蛾が鬱陶しい。

 車のライトに照らされながら、水の染みこんだスニーカーに目線を逸らす。肌寒く感じて、片手を薄いポケットに押し込んだ。

 行く当てなんか、最初から無かった。

 ただ、薄暗い公園が目に入って立ち寄っただけで。

「兄さん……」

 昔はよくここで遊んだよな、と独り言を呟く。湿った空気が肺の中で暴れて、何とも気持ちが悪い。


「光一、君……何、してるの?」

 耳に馴染まない、けれども聞き覚えのある女性特有の高い声。

 ふと、背後を振り返る。

「あ、蘭華さん」

 普通に、当たり前のように、真っ直ぐな声で名前を呼ぶ。

「あー、いや。家、帰りたくなくって。ありません?そういう時」

 明るく元気そうな声でそう言った。

 本当は、その間にも泣きそうだった。

 帰りたく、ない。

 でも、彼女に会ってしまった。

 元彼氏の、いや、死んだ彼の弟がこんな時間まで外に出ているなんて──親に、連絡されるだろうか。

 高校生と言ったって、彼女にとってはまだまだ子供だろう。

 なのに、予想とは違った言葉が、耳を掠めた。


「なら、家、来る?」


 一瞬、聞き間違いかと思った。


「光一君。今から家に、来ない?」



 ◆



 整えられた玄関。

 定期的に掃除をしているであろう部屋からは、洗剤のような匂いがした。

 蘭華の、匂いだ。

 女性特有のその香りは、何処からやって来るのだろう。

「親には、私が暫く預かるって連絡しておくからね。……お兄さんの服でいい?」

 兄は、かつてここに泊まった事があるのだろう。

 蘭華の部屋で、蘭華の匂いがする場所で。

 そう思うと、心の中に靄が掛かるようだった。

 元々兄の彼女なのに、それに対して苛立ちが隠せない。

「先に、お風呂入ってもいい?」

 自分の部屋だと言うのに、確認するために声を発する彼女は、何を考えているのだろう。

 どうして、招き入れたのだろう。

「……どうぞ」

「ありがと。じゃ、そこら辺に座って待っててね」

 蘭華が洗面所に向かってから、頭が冷える。

 そして、何故苛立ちが隠せないのか、今の自分を理解した。


 何年も前の初恋を、今も尚、引き摺っている。


 そんな自分にも腹が立った。

 そんな気持ちを紛らわすため、部屋中を見回す。

 すると、写真立てに飾られた二人組の写真──自分と瓜二つの兄と、蘭華が並んでピースをしている。

 幸せな、時期。

 兄と、蘭華。

 それを目の当たりにしてしまえば、もう分かった。

 多分蘭華に、光一が取り入る程の隙間はない。

 期待していた今まで全ての事が、色褪せていくようだった。

「入っていいよ」

 でも、それでも、今“兄の女”と同じ空間に、一番近くにいる。

 兄の葬式から数時間しか経っていないのに、もう、こんな近くに。

 これを兄が知ったら、どう思うだろう。

「ありがとう、ございます」

 その時蘭華が、兄の服だと思われる物を籠に入れながら言った。

「敬語じゃなくていいよ。あと、蘭華って呼んで」

 それに、戸惑いも疑問もなく頷く。

 ただ、兄の彼女とこんなに親しくなっているという高揚感と、このままどうにかなってしまいそうな程の欲が塗れてそれどころではなかった。

「分かった」

 中学生の頃からの片想い。

 やっと対等になれたような気がして、純粋に、嬉しかったから。


 次、その違和感に気が付いたのは風呂から上がった後。洗面所で髪を乾かしている時だった。

「私、そろそろ寝るから」

 と、蘭華がそう言った。

「あー、わかりました」

 緊張しているということが悟られないようにぎこちない笑みを浮かべる。

「ありがと」

 蘭華は歯ブラシを見付けて何処かへ行ってしまう。


 その後、蘭華とは特に何もなく、テレビを見ながら過ごしていた時。

「もう寝るね。おやすみ、秋斗」

 聞き間違いでも、言い間違いでもないようだった。

 彼女は、確かに兄の名前を呼んだのだ。

 

 リビングに敷かれた皺の入った薄い布団の中で、目蓋を閉じる時。

 嗚呼──一瞬にして、分かってしまった。

 それが分かった瞬間、悔しく、情けなくなった。

「兄さん、どうしてそんなに」

 いつもいつも、邪魔をするんだろうか。








 蘭華は、兄を、見ている。

 光一ではなく、兄を。




 静まり返った室内に響く雨の音を隠すように布団を被り、思った。


 


 どうして蘭華は、自分じゃ駄目なんだろう。

 どうして、兄だったのだろう。




 ◆




 あれから数日。

 高校には、あのアパート──蘭華の家から通っている。

 蘭華が連絡したと言っていたが、相変わらず両親の事は分からない。

 帰れば温かいご飯があって、蘭華は丁寧に接してくれる。


 でも、一つ。

 光一のことを、『秋斗』と、そう呼ぶことは気に食わない。

 まるで、兄との日々を光一で再現するように、これからを綺麗に埋めるように。


 帰り道。

 いつも通り一人で歩く。

 鞄の持ち手を握り締めて、いつもとは違う帰り道を通り、蘭華の部屋──三五五番を目指す。

 古びたオレンジ色の見え隠れするひたすら長い階段を登る時、軋むその音がいつもより五月蝿く感じた。

 気付けば部屋の前。

 貰った合鍵を鍵穴に差し込み、ゆっくりと捻る。

 ガチャッ、と聞き慣れない音がして、ドアノブが左右に動くようになった。

 

「ただい……」

「誕生日おっめでと~!!」

 いつになく明るい声。

「誕生日……?」

 疑問に思い、カレンダーを見る。

 今日は、六月の二十三日。

 見覚えのない日付。

「秋斗の欲しがってた腕時計!買っちゃった」

 秋斗……

「そっか、今日だった」

 六月二十三日──兄の、誕生日。

「嬉しい?」

 その瞳は、一体何処を見ているのだろうか。



 

 ◆




 そんなことが続き、七月の後半。

 真夏の暑さが肌を刺激する。


 そういえば、相変わらず両親からの連絡はない。

 蘭華が対応しているようだったが、光一の携帯に全く連絡が来ないのは何故だろう。

 蘭華の家に住み始めてから一ヶ月も過ぎている。

 何不自由ない生活をさせてもらっているが、ただそれが気になってしょうがない。

「行ってくるよ」

 指定された鞄の紐を肩に掛け、扉を開く。

 鬱陶しい日差しを浴びながら、蘭華に背中を向けた。

「秋斗、夕方には帰るね」

 蘭華も、いつも通りだった。


 


 放課後。ザー、ザー、と鬱陶しい雨の音。

「なぁ、誰か傘持ってる?まぁ……流石に誰も持ってねえよなぁ……」

 下校時刻を知らせるチャイムの後、クラスメイトの一人が空っぽの傘立てを見て溜め息を吐く。

 朝はあんなに晴れていたのに、天気予報では聞いていない筈の降り止まない大雨。

「もう走るか!」

 そう言って鞄を頭の上に当て、頭を庇うように走って行く彼の背中が遠くに見えた。


 携帯で蘭華に連絡しようと思ったが、未だに兄を想う彼女には頼りたくなかった。

『秋斗』と何も見えていないあの瞳で見つめられながら、肩と肩が触れあうような距離で歩くのは、きっと無理だ。

 だが、彼のように走るのは無理だろう。

 滑って転びでもしたら大変だ。

 そう思って、雨に打たれながら歩く。

 これはこれで、気持ちが清々する。

 肌にピタリと付くシャツから感じる冷たさは、普段浴びている夏の日差しと比べると新鮮で、全てを忘れられた。

 時々、くしゅん、と嚔をしながら、けれども心地良いその感覚が好きだった。


 アパートの階段。

 雫の付いた蜘蛛の巣が目立つ手摺を触ることに抵抗を持ちながら、けれども滑らないようにとしっかり握る。

 階段を抜けた先、長い廊下で蘭華の部屋を見つけて、ドアノブを捻る。

 だが、硬くて開かない。

「あ」

 鍵を持っているのを忘れていた。

 今度こそ鞄から合鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。


 そしてゆっくりと扉を引くと、案の定、そこには彼女──蘭華がいた。

 全身が濡れた光一を二度と見つめ直し、呟く。

「あれ、傘、持って行かなかったの?」

「うん」

 それに無心で頷き、中に入ろうとする。

 すると、蘭華が苦笑しながら言った。

「もう、秋斗は昔からおっちょこちょいだよね~」

 本人は軽い気持ちで放ったであろうその言葉が、何処か引っ掛かった。


 もう、いいだろうか。









「蘭華“さん”、俺は」


 深呼吸の音。


「俺は、光一です。兄さんじゃ、ない」









 言えなかった言葉が、その時だけは、すんなりと喉を通った。


 蘭華は驚いたような顔をする。

「どうして……」

 本人も、既に分かっていたのだろう。

 灰色の天を仰いで呟くように放ったその一言を聞き取った光一を見た蘭華は、光一の手を掴んで玄関まで引き寄せる。

 蘭華の温かい手が、雨を浴びた冷たい手を温めた。

 そして次の瞬間、抱き締められる。

 首筋に蘭華の顔が埋められて、全身が暖かい。

 蘭華の──女性特有の甘い香りが誘う。


「ごめん、ごめんね。でも、お願いだから、いなくならないで……!此処にいて……私、私……」


 また、また……それを言うのか。

 次に出た言葉。





「蘭華さん……もう、終わりにしましょう」





あっさり出てきたその言葉の意味を、自分でも理解するのに時間が掛かった。

 あの日掠めただけの雨の匂いが、今はこんなに近くにある。

 ザー、ザー、と外から漏れてくる雨の音が、沈黙を運んだ。


「どうして?」

「辛いです」

 そうやって俯くと、胸が痛くなる。

 この人は、何も分かっていない。

「私、貴方の為なら何でもする」

「そうやって、俺を利用してるだけじゃないですか!兄さんじゃなくて、俺自身を……!!」

 思ったよりも大きな声が出た。

 はあ、はあ、と切れる息を強引に吸い込む。


 彼女の歪んだ表情。

 その瞳はぐるぐると渦巻いていて、不気味なほどに光を映していなかった。

 白い肌によく映える真っ赤な唇の隙間から、言葉にならない息が洩れていることが、分かった。






 ***






「蘭華さん……もう、終わりにしましょう」

 力一杯抱き締めたつもりだった。

 なのに、彼がその言葉を放った時、気が狂いそうだった。

「どうして?」

 必死だった。

 彼までいなくなったら、もう、生きていけない。


 今年で二十一歳。

 お金がないから、大学へは通えない。

 みんなから若い若いと言われるけど、そんなこと関係ないし、仕事はいつだって辛い事ばかり。

 死にたいと思うこともあった。


 高校生の時から付き合っていた秋斗が交通事故で死んで、もう駄目だと思った。

 でも彼がいたから、仕事だって頑張れた。

 料理だって作ったし、何もかも与えた。


 尽くして、尽くして、尽くして。


 秋斗が毒親だと言っていたあの人たちからも逃がしてあげたし、何不自由ない生活をさせてあげていた。


 尽くして、尽くして、尽くして……!!


 何がいけなかった?

 何が気にいらなかった?

「辛いです」

 彼が放った一言。

 どうして。

「私、貴方の為なら何でもする」

 本気だった。

 もう、秋斗じゃなくても良い。

 彼が、貴方が居ないと、もう……


「そうやって、俺を利用してるだけじゃないですか!兄さんじゃなくて、俺自身を……!!」

 はあ、はあ、と荒い声が聞こえる。

 高校生。

 彼はもう、子供じゃ、なかった。

『ねえ、違う』

『ごめんなさい』

 肝心なその言葉が喉に詰まって出てこない。

「光一君、私」

「五月蝿い!!」

『貴方がいい』それが、出てこない。


「蘭華さん、俺、中学生の時から貴方が好きでした」

 濡れた前髪で、顔が見えなかった。

「でも貴方は兄さんの彼女で、俺に勝ち目は無かった」

 彼が後ろを振り向き、ドアノブに手を掛ける。

「待って!本当に、」

 そんな状態で外に出たら、風邪を引いてしまう。




「もう、これ以上振り回すのはやめてください」

 待って、と掴んだ腕を振り払われる。

「さようなら」




 彼が外に出た瞬間、蘭華は走り出した。

 白い傘を強引に開いて、彼の後を追う。

 俯き階段を駆け下りて、横断歩道を渡ろうとしている彼。

 その先に、大きなトラック。

 やけにスピードが速い。

 「光一君!!」

 鋭く体を刺し付けるような雨に打たれながら、何とか追い付いた彼の背中を押した。


 キィィ──

























 雨が、降っていた。

 広がる赤黒い液体が、泥の混じる濁った水溜まりに溶けていく。

 白い花柄のワンピースが、茶色く、赤く、鮮やかに染まっていくのが美しい。


 あの日のサイレンが、遥か遠くに聞こえる。


 


 

 

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