断罪1
私の名はアレクシア・フーシェ。フーシェ伯の一人娘にして、恋愛シミュレーションゲーム「ドキドキアップスタートー庶民の私の恋愛事情」の悪役令嬢。今、私はゲームのクライマックスである「断罪の裁き」を地下牢で待っている。じっとりと湿った床から冷気が背骨まで上がってきて、私はスカートの裾を握りしめた。やはり運命からは逃れられなかったのか。
前世の記憶を取り戻したのは8歳の時だった。乗馬中に手綱捌きを誤り落馬してしまったのだ。そして思い出した。私はかつて日本の女子高生だった。高校にはうまく馴染めず、放課後になると家に直帰し、ゲームをするか大好きな歴史関係の本を読み漁っていた没頭していた。その日は、ハマっていた恋愛ゲームがあと少しでエンディングを迎えるところだったので、脇目も振らず家路を急いでいた。歩行者用信号が赤に変わっているのも気づかずに。私に向かって突っ込んで来る大型トラックが私の前世の最後の記憶だ。
「アレクシア、大丈夫?」
はっと我に返ると、青い目の男の子が私の顔を覗き込んでいた。明るい金髪が陽の光を浴び溶け込んでいる。
「大丈夫です。フランツ王子殿下。」
ゆっくり体を起こして、フランツ王子の顔を見返す。我が伯爵家の領地は自然豊かで、王族の方々も乗馬をしに遊びにいらしていた。同い年の王子の遊び相手として、恐らく将来の皇后候補として親の隠れた意向もあり、王子とはよく一緒に遊んでいて、当然の成り行きとして私はこの美しい王子に恋心を抱き、将来はお嫁さんになるのだと思っていた。
だが、記憶を取り戻した今分かった。この方は8年後別の女と出会い恋をしてしまう。フランツ王子は前世でエンディングを見られなかったゲームの第一攻略対象だった。そして私はライバルの悪役令嬢のアレクシア。この方とは結ばれない。
「髪に草がくっ付いているよ。君の髪は真っ黒だからよく目立つ。ほら、取ってあげるよ。」
フランツ王子は私の髪を丁寧に梳きながら、芝の破片を取り除いて行った。
「お、恐れ多いことです…。」
柔らかな吐息を後頭部に感じる。少しヒンヤリした指が首筋を掠めるのを感じ、思わず頬が熱くなってしまい、ぎゅっと目を閉じた。
「ほら、取れたよ。これで元の通り美しい髪だ。」
!!!
王子はチュッと髪の先に口づけした。さすが乙女ゲームの攻略対象。8歳にして存分のたらしぶり。そして、私はどうしようもなくこの方が好きなのだと思い知ったのだった。