紅葉の影
影は消えてしまう
影の記憶もまた消えてしまう
けれど
真夏の熱いコンクリートの橋の上に
確かにそこに黒々と輪郭が描かれていた
油蝉が鳴き騒ぎ
わたしは後ろをついて歩いた
時が過ぎて
建物は新しくなって
その橋は使われなくなったが
まだなぜか残されている
記憶とは少し異なるが
橋はあの影の形見であった
もうその橋のほかにどこにもない
三十年前のコンクリート造りの橋の上を
ふと見ると
影があの日のわたしと立っていた
あの日
影は何か言っただろうか
それとも黙ったままで
解き放たれぬままの今日を呪っていたのか
そして何がしかの食材を買い
家路をのろのろと辿ったのだろうか
あまりに近すぎるその距離を
気晴らしにもならぬ買い物を
一体どのように感じていたのだろうか
答えはついに聞けぬままに
陽は陰る
影は消える
記憶はもう随分と薄れた
夢にさえも現れず
光のように鮮やかな記憶の影で
儚い記憶は遠ざかり消える
そして
結局は何一つ覚えてはいないのだ
もはや昼下がりのあの日から
影の姿は消えてしまった
そしてほとんど痛みすら感じない
確かに生きていたということが
それが確かに喪われたということを
反って明らかにするはずなのに
曇りの陽は
そんな明暗の境目すら曖昧にしてしまう
果たして
生きているということは
光の側に立っているのか
それとも
影の中に立っているのか
いつかどちらでもなくなってしまうのか
十一月の晴れた空には雲一つなく
わたしは駅の傍の小さな雑木林に
黄色い落ち葉を踏んだ
ふと線路の向こう側の
人のいないひっそりとしたあたりを見ると
そこだけに陽が明るく射している
それはまるで兆のように
立派な紅葉の樹が一本あって
余りにも鮮やかな錦秋に輝いていた




