1 幼女VSドラゴン
不定期投稿始めました。
ネタを思い浮かんだ時に書きますので、次はいつになるか分かりません。
もう、これしかありません。
私の街を、家族や友達を守るには、この身を犠牲にするしか。
私はナイフを軽く手首に当てます。
手が震えています。
死ぬのは怖い。でもこのままでも死は刻一刻と迫ってきています。
このまま大人しく殺されるくらいなら、私の命と引き換えに皆を守る道を選びます。
私は召喚の塔の中心にある魔法陣の上で深呼吸をします。
そして、勇気を振り絞ってナイフに力を入れます。
痛みと共に血が溢れだして、ポタポタと足元の魔法陣へと落ちていくと、魔法陣が輝き出しました。
次の瞬間、私は眩い光に包まれました。
その光は強烈で、目をしっかり閉じていてもとても眩しく感じました。
そして徐々に光が収まっていき、私は薄目を開けます。
するとそこには人影らしきものか見えました。
成功です。やりました。勇者を召喚できました。
「勇者様!どうか、どうか私の命と引き換えに私達をお救い下さい!」
ああ、これでやっと家族や街の人々が救われます。
「何言ってるんですか?お姉さん」
えっ?小さい女の子の声?
光が完全に収まり、その姿がハッキリ見えました。
一〇歳くらいの女の子です。
母親の手伝い中だったのか、頭巾を被って大きめのエプロンを着けています。そしてそのエプロンのお腹辺りには大きなポケットが付いています。
そして手にはオタマ。
ああっ!お父さん、お母さん、お姉ちゃん、ゴメンなさい。私、自分の命と引き換えに小さな女の子を召喚してしまいました。
「またですか?またなんですか?何でこう何度も何度も人を召喚するんですか?」
えっ?私、召喚術なんて初めて行ったんですけど。
「前の人にも、その前の人にも言いましたよね!私はひ弱な村娘だって!」
いやいや、そんな事言われても、前に召喚した人なんて知りませんし。……って、ああ、出血で意識が。
「ああっ!お姉さん?どうしたんですか?血が出てますよ」
薄れゆく意識の中で、女の子の声が聞こえてきます。
●
「お姉さん、お姉さん」
ペチペチと頬を叩かれて目を開けると、女の子が心配そうに見ていました。
「治癒魔法と増血魔法を掛けました。もうあんな無茶をしないで下さい」
手首を見ると、傷が見当たりませんでした。
えっ?治癒魔法ってこんなに綺麗に治るものなの?それに増血魔法って何?
ゆっくり立ち上がって軽く体を動かしてみましたが、全然何ともありませんでした。
この子ひょっとして高位の治癒魔術師?
「あとこの魔法陣、何なんですか?」
「えっ?何なのかって言われても、何百年もこの塔に描かれている魔法陣だけど」
まあ、いきなり別世界に召喚されたのですから驚くのも無理はありませんね。
「無茶苦茶な魔法式じゃないですか」
えっ?無茶苦茶?えっ?
「これだと沢山の血が必要になります。効率悪すぎです。あと、お姉さん自分の血を使ってましたけどバカですか?何で家畜の血とか使わないんですか?」
「ええっ?人の血じゃなくてもいいの?」
「当たり前じゃないですか。それどころか血じゃなくてもいいんです。適切な割合で鉄分とか色々なものを混ぜれば」
じゃ、じゃあ、今までここで召喚の儀式をした人達って無駄死にだったの?
「あと、この魔法式のこの部分!」
女の子がビシッと指さした所は複雑な模様が描かれていてます。
「これじゃあ私みたいな、か弱い女の子でも召喚されちゃうじゃないですか。少なくともレヴルティ曲線をゾラニフして……」
何を言っているのかさっぱり分かりませんが、少なくとも小さな女の子でも召喚できてしまう魔法陣だって事は分かりました。
―― ギャアアアアアアアアアアアアアア
突然の大きな鳴き声に、思わず耳を塞ぎます。
すると、塔の壁がガラガラと崩れて、そこにヤツが現れました。
そう、王都の先鋭騎士、五個師団が討伐に挑んで全滅させられた炎竜。
私はとっさに女の子の前に出ます。
ブレスが来たら私など盾にもなりませんが、体が勝手に動いていました。
「きゃああああああぁぁぁぁ」
後ろで女の子が悲鳴を上げます。
いきなり召喚されて、そして突然目の前に竜が現れたのですから当然です。
「ペンペン・ドラゴン♪」
「ペ?ペンペン?」
振り向くと、女の子は口元にヨダレを垂らして、とろけそうな目をしていました。
「ペンペン・ドラゴンの脳みそって舌がとろけそうなくらい美味しいんですよね。いいなぁ」
えっ?何言ってるの?この子。
「あれは炎竜よ!」
「ああ、この世界ではそう呼ばれているんですね」
いやいや、呼び方とかじゃなくて。
「あれはブレスとか吐くのよ」
確か一回のブレスで一個師団が全滅したとか。
「そりゃあ、吐くでしょうね。ドラゴンですから」
何、不思議そうに首を傾げているんですか?
「でもせいぜい二千度くらいですよ。ちょっと鉄が溶けるくらい」
「鉄が溶けるくらいの温度を、『せいぜい』とは言わないわよ!」
人間だったら一瞬で黒焦げです。
「ああ、お姉さん。私をよちよち歩きの子供と思っていませんか?」
女の子はプクッと頬を膨らませて抗議しています。
「まあ、確かにポンポコ・ドラゴンの時はブレスが三千度を超えてますから、軽い火傷をおってしまいましたけど、ペンペン・ドラゴン位なら大丈夫ですよ。それよりも――」
女の子が再び炎竜にとろけそうな目を向けました。
「内臓だけでも少しもらえませんか?お姉さんが討伐した後に解体を手伝いますから」
ええええええええええええっ?私が倒すの?そんなの無理。
「いやいやいや、私じゃ倒せないわ!」
「えっ?宗教上の理由か何かですか?」
そんな理由でペンペン・ドラゴンを保護していたら世界が滅びます。
「私じゃ一瞬でペンペン・ドラゴンに殺されちゃうわ!」
「ええっ?お姉さんペンペン・ドラゴンも倒せないんですか?」
女の子はビックリした顔をしていますけど、普通は女の子一人でペンペン・ドラゴンなんて倒せません。
「じゃあ、じゃあ、私が倒したらアレ貰っていいですか?」
「まあ、倒せたらペンペン・ドラゴンはあなたの物だけど。でも、あんなの――」
「言質取りましたよ」
女の子がニカッと笑った次の瞬間、彼女の姿が消えました。
―― ギィィアアアァァ
凄まじい鳴き声が響き振り返ると、ペンペン・ドラゴンが空を見上げていました。
いや、良く見ると女の子がペンペン・ドラゴンのアゴの下でジャンプしながら足を高々と上げていました。ペンペン・ドラゴンのアゴを蹴り上げたのでしょうか。
ペンペン・ドラゴン口から炎が漏れています。ブレスを吐く寸前だったのでしょうか。危なかったです。
それからが、まるで夢のような出来事の連続でした。
女の子が床に着地すると同時に体がブレたかと思うと、次の瞬間にはドラゴンの真下に移動していました。
そして脇の下にオタマを当てると――
「コッ」
すくうようにオタマを動かして、いとも簡単にウロコを剥ぎ取りました。
女の子は素早くオタマをエプロンのポケットにしまい、代わりに剥ぎ取ったウロコを手にします。って、何でオタマがエプロンのポケットに入るの?
女の子はすぐにドラゴンの体を駆け上がり、ペンペン・ドラゴンの耳の後ろにある角のようなウロコの根本に、先ほど剥ぎ取ったウロコを刺して、ちょっと力を加えると、いとも簡単にその尖ったウロコを剥ぎ取りました。
―― ギィィアアアァァ
ペンペン・ドラゴンが悲痛の叫びを上げます。
女の子は素早く着地して再びペンペン・ドラゴンの下に。
「えいっ!」
そしてジャンプすると共に、その首に先ほど剥ぎ取った尖ったウロコを深々と刺して、素早く引き抜きました。
次の瞬間、ペンペン・ドラゴンは首から大量の血しぶきを出しながら倒れていきます。
「倒した……の?」
「はい。もう絶命してますよ」
信じられません。こんな小さな女の子が一人でペンペン・ドラゴンを倒してしまうなんて。
「あ、あなたの世界では、あなたのような小さな女の子でもオタマだけでペンペン・ドラゴンを倒せるの?」
「いやですね、お姉さん。オタマでペンペン・ドラゴン倒せる人なんていませんよ」
と言う事は、この子が特別なの?だとしたら、あの召喚用の魔法陣は間違っていなかったの?
「私だってペンペン・ドラゴンのウロコを使って倒しましたよ。武器が無いときは皆そうしてます。最初に脇の下の柔らかいウロコを剥がして、そのウロコを使って頭の角ウロコを……」
いやいや、最終的に何を使ったかじゃなくて……はあ、なんか色々と疲れました。
「じゃあ、約束通りペンペン・ドラゴンは頂きますね」
「ええ、もちろん。あなたが倒したんだから」
「ああっ♪今日はペンペン鍋かぁ」
「ありがとう。あなたがいなかったら私、ここで命を落としていたわ」
失血死か、ペンペン・ドラゴンに食べられて死んでいたでしょう。
「いえいえ。お姉さん虚弱体質みたいですから、仕方がないですね」
いやいや、虚弱とか、そんなんじゃ――
―― バキバキバキバキ
えっ?ペンペン・ドラゴンの頭の先が、絞ったように小さくなって女の子のエプロンのポケットに吸い込まれていく?
いや、それよりも。
「ちょっと!何してるの?」
私の声に女の子ぱ不思議そうに首をかしげていますが、こっちの方が首をかしげたいです。
「ウロコ、ウロコがバキバキいって砕けてる!」
「ああ、お姉さんこの技知らないんですね。圧縮収納する時、ウロコだけ圧縮から除外すると、こうやってウロコだけ砕けて剥がれ落ちるんです。こうすると、調理する時にウロコを剥がす手間が省けるんです」
何てこと言うんですか。この子は。
この子の頭の中は食い気しかないんですか?
「そんな事したら貴重なウロコが台無しになっちゃうじゃない。防具の材料にもなるんだよ」
そんな私の抗議に、女の子は面白そうに笑います。
「ペンペン・ドラゴンのウロコで防具なんか作ったって、たいして強くないですよ」
何言ってるんですか。ペンペン・ドラゴンのウロコは大変硬く、とても強い防具が作れるから、状態のいいやつ三枚もあれば家一軒買えるんですよ。
「お願い。砕くんだったら私に頂戴」
「えっ?まあ、お姉さんが欲しいと言うのならあげますけど」
女の子は「物好きだな」とか「装飾に使うのかな」とかつぶやきながら、ペンペン・ドラゴンの頭をポケットから出しました。
不思議と、ペンペン・ドラゴンの頭は元の大きさに戻っていて、ウロコがキレイに剥ぎ取られた状態でした。
「では少し離れていて下さい」
私が従うと、女の子はペンペン・ドラゴンの頭に手を当てます。
するとペンペン・ドラゴンの表皮が赤く熱せられて、その体からウロコがポロポロと落ちていきます。
「これやると皮が少し硬くなってしまいますけど、仕方ないですね」
やっぱり、この子の頭の中は食い気だけですか。
やがてウロコが全て落ちると、女の子は再びペンペン・ドラゴンをポケットに仕舞はじめます。
何とも不思議な光景です。
あの巨体が見る見るうちにポケットに飲み込まれて行きます。中はどうなっているんでしょうか。
「では私、夕飯の支度があるので、これで帰りましね」
女の子はペンペン・ドラゴンを収納し終えると私にペコリと頭を下げます。
とても礼儀正しい子です。
「いえ、こっちも命を助けてくれて、ありがとう。あっ、でもどうやってあなたを戻せは……」
私、元の世界に戻す方法を知りません。
「お姉さん。そんな事も知らないんですか?いいですか、この左上。マニュート術式がありますよね。これにデルテルスの術式を加えて……」
うん、何言ってるかサッパリ分かりません。
女の子は私に説明しながらポケットから取り出した石筆で魔法陣を書き足して行きます。
「分かりましたか?」
「う、うん」
まあ、とりあえず分かったって言っておきます。
「あとは、えーと、そうですね。血はそこに溜まっているペンペン・ドラゴンの血を少し使いましょう」
女の子がそう言うと、ペンペン・ドラゴンの血が淡く光って、こちらに流れてきます。
こんな魔法も使えるんですね。って言うか、この子魔術師なんですか?さっきペンペン・ドラゴン相手に肉弾戦してましたよね。
「じゃあお姉さん、さようなら」
気づくと、魔法陣が光り始めていました。
「とてもいい食材を提供してくれてありがとうございます。またペンペン・ドラゴンが現れたら呼んで下さいね」
ペンペン・ドラゴンがそんな何回も現れたら国が滅びます!
そして女の子の体が強い光に包まれて、その光が収まると、彼女の姿はありませんでした。
あっ、名前聞いていませんでした。
「大丈夫か?」
振り向くと入り口から騎士様達が入って来ています。
「ええ、大丈夫です。ペンペン・ドラゴンも勇者様が討伐してくれました」
「ぺ……ペンペン?」
「ああ!間違えました。炎竜、炎竜です」
ああぁぁ、女の子につられて、いつのまにかペンペン・ドラゴンって言ってました。
「その魔法陣を使ったのか?」
「はい、私の血を使って」
「それで、なぜお前は生きている?」
まあ、普通そういう反応になるでしょうね。
「勇者様が治癒の魔法をほどこしてくれて、一命をとりとめました」
「そうか。それは良かった。それで、炎竜の死骸は?」
騎士様が辺りを見ながら問いかけます。
「勇者様が自分の世界に持ち帰りました」
「持ち帰った?」
驚くのも無理はありません。今まで見た芝居や吟遊詩人の英雄譚でも勇者様が死骸を持ち帰ったなんて聞いたことありません。
「困ったな。どうやって国王に討伐を証明すればいいんだ?」
あっ、しまった。死骸がなければ討伐された事は分かりませんよね。
そうなると、もういないペンペ……炎竜を騎士様たちがあてもなく探し続けなければならなくなります。
「あ、あの」
「ん?どうした?」
「私が勇者様から貰った大量のウロコがそこに散らばっています。それと大量の炎竜の血も。それらを王都に持って行って鑑定してもらえば……」
「おおっ!そんなものがあるのか?それは助かる」
騎士様がガシッっと私の両肩をつかみます。ちょっと痛いです。
「では暫らくの間、そのウロコや血を貸して貰えるか?」
「ええ、騎士様達のお役にたてるのなら喜んで」
私はニッコリと微笑みます。
こんなに清々しい気持ちで笑えたのは何か月ぶりでしょうか。
「あと、できれば王都に一緒に来てもらいたい。国王への説明は、直接勇者殿を見た君からの方がいいだろう」
ええっっっっっ。国王様の前で説明するんですか?
「大丈夫だ。私も隣でフォローするから」
「……わ、分かりました」
こうして、騎士様が両親に事情を説明して、私は騎士様たちと王都に向かうことになりました。
まあ、せいぜいカッコイイ男前の勇者様だと伝えましょう。だって――
一〇歳くらいの女の子だったなんて言ったら、私の気がふれたと思われてしまいますから。