殖えるタピオカちゃん
大っ嫌い!
世界なんて滅んじゃえば良いや、なんて思ったコト、一度や二度じゃきかない。
応生のテストの成績が悪くて、滅んじゃえば良いや。
小石に躓いたから、滅んじゃえば良いや。
既読付かないし、滅んじゃえば良いや。
だけど、本当に世界が滅んじゃえば良いなんて、思ってないんだ。
それじゃあ、すっごく困るもの。
*** ***
タピオカ。
タピオカ。
タピオカっ。
流行りだからってウチでも売り出して、SNS映えだって掃除して、連絡先渡されたってありがとうって、、、
バッカみたいっ!
擬食じゃ味気ないって、半透明のブヨブヨって。
結局、食べてるもの一緒じゃん。
「あれさぁー。」
「なに? アキ。」
「カエルの卵みたいって、マジだよね。」
「ワカルー。」
大抵のところで作ってるタピオカ。ベースゲルに味パウダー浸して作ったカロリーの塊を、好き好んで飲んでるヤツの気がしれない。
食感は、まあ、、、良いのかもしれないし、味だって悪くないよ?
でもさあ。
だからって、高いお金払ってSNSに上げるためだけに買うのって、すっごいバカじゃない!?
アキがいなかったら、辞めてるよ。
とっくに。
「ゆーきー? ユキ?」
「えっ、あ、ごめん。なに? アキ?」
「ほら、さっさと仕込み、終わらせちゃお?」
キョトン顔で、サラサラの髪の毛が零れる。
はぁ……っ、閉店後のお店にはアタシしかいないのに――あのクソ店長は、お店任せっきりでいないから――そんな気合いたっぷりの可愛さをくれるなんてっ。
「うんっ。」
ああー……好き。
……とはいえ、仕込みなんてタピオカ屋に、そんなにあるわけなくて、基本は朝、在庫に仕舞ってあるアレコレを手の届くところに補充するくらい。
でも、たったひとつだけ、前日の夜にやってから帰ることがあるんだよね。
「ねえ、アキ。」
「んー?」
可愛い!
「結局さ、この、『ふえるタピオカちゃん』って、なんなんだろーね?」
「ねー。思った。加熱後提供することって、なんでだろ。」
「ね。この前一粒、茹でないで食べてみたけど、味も食感も変わらなかったよ?」
「えっ、そんなことしたの? 危ないよー。」
「へーきへーき、ちゃんと生きてるし。」
可愛いよ、アキ。
って、そうじゃなくって。
クールポットに仕舞ってある、『ふえるタピオカちゃん』が入ったボウルの水を変えて、一滴、『ふやす素』をポタリ。
これが、ウチが他と違うところ。
なんだか知らないけど、擬食じゃないみたい。
モビのシンプル・アナライズでも、食品栄養基準で"完全食"らしい。
「これでよし!」
「こっちも終わったよー。」
「え? 可愛い!?」
「また、そぉゆうこというー。」
わぉ、心の声が漏れちゃった。
「でも、アキが可愛いのは、事実だよ?」
「ユキの方が可愛いのに??」
――――おっふ。
はい。
はい死んだ!
「それはない。」
「えー、そうでしょ? だってお客さんから連絡先聞かれるの、ユキばっかりじゃん。」
それはね、アキ。アタシがアキに寄ってきそうな虫を、片っ端からたたき落としているから、なんだよ。
「そりゃ、アタシの方がレジとかやってるからじゃない?」
「ずーるーいー。」
「ええっ!?」
だって、アキ。
あなたには、彼氏が……いるじゃんか。
「違うの。別に連絡先が欲しいわけじゃなくって。……うーん、なんでだろ。ユキばっかりお客さんと仲良くしてるの、ズルくない??」
「ええー、別に仲良くしたいワケじゃ。。。」
ああ、ぷんすか怒ってるアキ、可愛い……。
この笑顔、ずっっっと眺めていたいから録画しておくね。
「あーっ、ユキ、撮ってるでしょーっ。いけないんだー。」
「えへへ、アキ許して!」
「いーよ、もう。承認出しとくけど、限定だからね!」
一般だったとしても、流さないって。
「もお、ユキってば。帰るよー?」
「はぁいっ。」
今日も一日がんばりましたとさ。
*** ***
来る日も来る日もタピオカ売りの日々。
昨日も売ったし明日も売る。
茹だったタピオカのムワッとする変な臭い。
結局味付けするなら、ベースゲル製と何が違うんだろうって、配給のゲルよりは安定した品質、なのかなあ。
あれ、時々モビの拡張じゃ隠せない嫌な臭いのときがあるし。
「タピオカ、バター味噌味ひとつ。」
「はーい。アキ、バタ味噌ひとつー。」
「はーい。ユキ。」
アタシは、レモンシャワーの方がオススメだけど、バタ味噌派が多いんだよね。
アキも、バタ味噌派だし。。。
「はい……ありがとうございましたー。」
「……ねえ、ユキ。」
「なに?」
「今のって、擬人体、かなぁ。」
「かもね。」
「初めて見た。」
「あー、アタシもそうかも。」
「あ、これお昼ご飯。」
「えっ、ありがとう。」
「うん、レジ、代わるね。」
あーん、優しい!
でも休憩なんて出来ないし、ご飯を素早く食べて、そして戦線に復帰せねば!
「ユキ。」
「なに?」
「今日の賄いは、仕込み味ラップ二枚重ねなのです。」
ああ~~っっ!!
ピースをチョキチョキって、、、可愛いかよっ!
「え、結婚しよ?」
「それは難しいかな?」
「えー。」
「えー、じゃないよー。……いらっしゃいませ。」
「いらっしゃっいませ。」
「ほらっ、ユキ急いでよー。今はワンオペなんだし。」
「はーい。」
といっても、拡張で擬食を、味の通りの見た目にして、時間延長で食べた気分にさせるだけ。
ヒョイパクでおしまい。
ああ~~でもでもユキの手作り、、、おいひぃ。。。
え、なにこれこの味混ぜるとか天才!!??
「ゆーきぃ。」
「今行くー。」
って、あれ、タピオカ少なくない?
「アキ、タピオカは?」
「あれ? 茹でてなかった?? ……いらっしゃいませ。」
ぅわっ! 茹でボタン押されてないヤツだ。
「いらっしゃいませ。あー、うん。ボタン押される前の状態でセットだけされてる。。。」
「ごめんユキ! なんとかなる? あと、メロンハニーふたつ。」
「はーい。」
えっと、今から茹でるのだと、、、うん。
無理。ちょっと間に合わない感じ。
うーん。どうしようか。
そもそも、茹でなくても味とか変わらないし、、、たぶん、茹でることで何か、中から抜けるんだと思うんだよね。
あの『ふえる素』とか。
それって、長時間真水に晒しても同じじゃない??
「よしっ!」
ちょっと混ぜるか。
この、毒気が抜かれたタピオカちゃんたちを、茹で上がった方に回して、新しいタピオカちゃんを茹でよう。
「アキ、なんとかなりそう。」
「そっか。良かったぁ。」
「うん。」
*** ***
忙しいときには、タピオカちゃんは、茹でずに出す。
それでもクレームが来ることはなかった。
*** ***
そもそも、『ふえるタピオカちゃん』を茹でて出さなきゃいけない理由ってなんだろう。
*** ***
最近、リピーターが減ったような?
少なくとも、煩く連絡先を訊いてきた人は、見かけなくなったような。
*** ***
寝癖が取れないし、世界なんて滅んじゃえば、良いや。
*** ***
そもそも、タピオカを買いに来る人がいなくなった。
「ユキ……。」
「うん?」
「タピオカ、飽きたよー。」
「うん。」
広域放送で得られた、通称『ゾンビ事件』についての情報によると、寄生性ゾンビ化細胞の感染者は、この第4セクターの人口の7割に上るらしい。
アキも彼氏と連絡が取れなくなったらしい。
擬人体の特殊部隊の掃討作戦が、難航してるらしい。
「でも、それ以外の食べ物は、、、食べちゃったし。」
「うん。」
運が良いことに、アタシたちには『ふえるタピオカちゃん』があった。
味の代わり映えの無さや、食べる前に茹でなければならないのが面倒なことにさえ目をつぶれば、大量にある『ふえる素』だけで、いくらでも増えつづける、優秀な食品。
「ユキー。」
「うん?」
「いつになったら助けが来るのかな?」
「さあー?」
狭い店内に無理矢理作ったスペースに敷いたマットの上、アキと並んで寝転んで、すでにひと月。
少ない服を手洗いでヘビロテして、何事もないかのような水と電気の供給に甘えて、暇をつぶす。
モビに入れたゲームもやりつくしたし、テキストを読んで突っ込むくらいしか、やることがない。
うん。
世界が滅ぶのも、アタシにとっては悪くないみたいだ。
呻き声と、壁を引っ掻く音。
嘘みたいに穏やかな店内。
黒と白の対比みたい。
狭い空間が最後の楽園。
おでことおでこが、触れ合うほど近い。
「ユキ。。。」
「なに?」
「ホント、ゾンビ化細胞なんて、誰が散蒔いたんだろうね。」
「ね。」
おかげさまで、アタシは幸せだ。
ざまあみろ。
~fin~