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フェジュの涙のワケ

 年に四度、田舎村には役人が派遣される。そのさい村の様子や農作状況、死亡人数、出生人数などこと細かに記録されるほか、奇病や災害などの報告も村長から受ける。

 最近は田舎村の変わった様子はない。いたって平穏である。それが役人から朝廷への報告だった。


「でもこれはさすがに異常事態ですよね?」

「さすがも何も異常としか言いようがないぞ、ミリア」


 ミリアとフェジュを引きつれてバマリーン様の屋敷へと入ったはずが、屋敷内には人っ子ひとりいないどころか、明らかに〝何者かの襲撃を受けた痕跡〟がある。

 たとえば家具。あちこち刃物傷だらけなうえに小物はあちこちに散乱している。たとえば壁。あちこち血痕だらけ。たとえば床。あちこち〝死体〟だらけ!


「バマリーン様、いらっしゃいませんか!?」


 私は念のため屋敷じゅうをくまなく探すが、バマリーン様らしき人影は見当たらない。それもそうか。死体たちは、死んでからひと月は経っている。こんなところにバマリーン様がいたとなっては大問題だ。


「死体はどいつもこいつも使用人ばかり。バマリーン様はいません」

「使用人。それは『よかった』と言っていいのだろうか、ミリア?」

「どうでしょうね……」


 む?


「おいミリア、フェジュは?」

「へ? ……あ、いません」


 しまった。屋敷の様子に気を取られるあまり、フェジュをそばにつけるのを失念していた。


「屋敷の中にはいません、殿下」

「外か」


 逃げたか、あるいは。


「うおおおおおおおッ、どこだフェジューッ!」


 私の叫びが山々にこだました。


「……うぐっ……」


 今、子どもの泣き声のようなものが聴こえてきた、たしかに。山林か。


「見つけたぞフェジュ!」


 やはり私の足は子どもには負けはせん。山林へと走り去っていたフェジュにはすぐに追いつくことができた。


「フェジュ……どうして泣いている?」


 私にはわからないことがある。それは、なぜフェジュが、屋敷を飛び出して泣きながら山林へと走り去ったのか、だ。腕をつかむ私の手を振りほどこうともせず、フェジュはただただうつむいて大粒の涙を落としている。


「うぐ……ひっぐ……」

「私には言いたくないか?」


 私たちに追いついたミリアは静かにこちらを窺っている。ミリアもフェジュが泣いていることに気づいているようだ。


 困った。王宮にいるシュタやトパジーも子どもなので、むろん泣くことはある。しかし、たとえ双子でもシュタとトパジーが同じ泣きかたをしないように……フェジュも、シュタやトパジーと同じようには泣かないのだ。

 その子にはその子のための〝あやしかた〟があるのだろう。不思議とアダマーサは子をあやすのが得意だが、私は、子をあやすのは不得意だ。


「殿下」


 私の困った顔を見かねたのだろう、ミリアが小さく呼びかけてきた。……ああ、なるほど。


「死体にビックリしたのか、フェジュ」


 ミリアからの助言を聞き、私がフェジュの両肩に手を置くと、ミリアはフェジュ越しに満足げな笑みを浮かべた。


「死体が怖かったか?」


 フェジュはこくりと頷いた。ミリアの読みは合っていた。やはりおまえは優秀な秘書だミリア。


「そうか……そうだな。少々強烈な光景だったな、フェジュ」


 戦場で死体を見慣れている私にとってはミリアの尻文字のほうが強烈な光景そのものだったが、相手は八歳の子どもだ、いたしかたあるまい。

 それにしても、ローリー帝国の手先として敵地に駆り出されていたわりには、死体には慣れていないのか、フェジュは。それは子どもゆえか? それとも〝殺し〟の場に居合わせた経験が少ない? ……いやいや、考えるのはあとだ。今はフェジュの気持ちを落ち着かせねば。


「これからはじゅうぶんに配慮する。今回のことはどうか私を許してほしい、フェジュ」

「ハイリョ……って?」

「キミを泣かせないという意味だ」

「許すって……〝あれ〟は、おまえがやったのか?」


 フェジュの言う〝あれ〟とは屋敷にあった死体の山のことだ。


「いいや、私ではない」

「じゃあ、おまえが悪いわけじゃないじゃん……ぐすっ」

「そうだな。だが、キミを泣かせてしまったのは私にも原因がある。なぜなら、キミをあそこに連れていったのは私だ。すまなかったな」

「ううん……」


 私はフェジュの頭を撫でてみた。フードのせいかわからんが、案外大きい頭だな。するとフェジュはわずかに驚き、私の手首をつかんだ。


「……とーちゃんにもヨシヨシされたことないのに……」

「……そうなのか」

「……ああ」

「よしよし。いっぱいヨシヨシだ!」


 なんとはなしに気づいてはいたが、この子の生い立ちには暗い影がありそうだな。


「……殿下ッ!」

「むッ」


 そのとき私は険しい声で呼ばれた。

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