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田舎村での嫌な予感

「ホントにありえないです! もう戻ってきたと思ったら! んもー!」

「何が不服だミリア。私は約束どおり数日でここに戻ってきたではないか」


 私と向き合うミリアは後頭部の高い位置で結んだ銀髪をゆさゆさ振り回している。


「『〝大問題〟を引きつれて戻ってくる』なんて聞いてません。約束はただ厳守すればいいってもんじゃないんですよ!」

「私のどこが大問題だと言うのだ」

「殿下じゃなくてフェジュのことです。だって殿下いわく、フェジュは罪人として捕縛されて……そこで殿下はフェジュを連れ出したってことですよね? アダマーサ女王陛下に逆らって」

「そうだ」

「あ、前言撤回です。やっぱり殿下のほうが大問題です」


 見てのとおり、明けがた南の戦場に舞い戻った私は秘書のミリアと口論をしているところだ。ミリアの言い分もわかる。アダマーサの言葉に反した私が大問題、まったくそのとおりだ。


「だがフェジュを見過ごしておくわけにもいかなかったのだ」


 私の言い分は以上である。


「はあ、もういいです。いまさらアダマーサ陛下には許してはもらえないでしょうけど、やっちゃったモンはしかたないですね」

「そう『ヤレヤレだ』みたいな態度で言うのはやめろ、私の気に障る」

「それよりこれからどうします? フェジュ、オマエは故郷に戻るんですか?」

「は? コキョー?」

「そうです。ふるさと。オマエの家があるとこです。王国兵の多いココでは声を大にしては言えないですけど……いいですか」


 ミリアは私のマントを頭からかぶったままのフェジュと目線を合わすようにしゃがんだ。


「ここから一番近い帝国領はアグマ辺境伯の領地です。一番近いっていうかスグそこの国境を越えればアグマ領です。フェジュ、オマエの故郷もそこですか?」

「おれのコキョーは……」

「どうして黙るんです?」


 お、ミリアが立ち上がった。なんだか仏頂面だが。


「ダメです殿下。この子、自分の故郷について話しません」

「なんだ、故郷について話していたのか。それなら私も道中、とっくに質問していたぞ。同じく話してはくれなかったがな」

「そうならそうと言ってください!」

「そう怒るな。だから私はこれから、バマリーン様のところへ伺おうと思っている」

「バマリーン様って、あのバマリーン様ですか?」

「そうだ」


 私が頷くと、ミリアは片手で頭をおさえ、もう片方は腰にあてた。


「伺ってどうするんです?」

「そんなもの、当然、フェジュの出自についてお訊きするのだ」


 バマリーン様はアダマーサの兄の妻。つまり帝国にさらわれたヤーデ姫の母君のこと。私が目下、フェジュの血縁者だと見込んでいる婦人である。

 バマリーン様は王国貴族のご出身であらせられる。トーワ殿下とのご成婚後、バマリーン様はまもなくヤーデ姫をご懐妊。しかしその矢先、殿下がまさかの戦死。そうして王位継承権はアダマーサに移り、あげくヤーデ姫が帝国の蛮族に拉致された。バマリーン様は未亡人として田舎へご隠居なされたのである。



「で、ココがそのバマリーン様がご隠居なさった田舎村ですけど」


 南の戦場を去ると決めた私とフェジュ、それからミリアはバマリーン様のお屋敷がある田舎村を訪れていた。

 さて、バマリーン様のお屋敷だが……いや、しかし、見れば見るほどに田舎だな。周囲を山に囲まれたへんぴな土地、文字どおり田舎村だ。ただ、田舎村のコメは美味しいと王国でも評判だ。農民も多く、戦争続きの王国にしては珍しい比較的平和な場所でもある。悲運続きのバマリーン様が隠居の地としてお選びになられた理由もわかる気がする。


「なあ、なあ、さみーよー。さみーよー!」

「防寒具なら道中の町で買い与えたではないか、フェジュ」

「そうですよ、文句はつつしみなさい。フードにイヤーマフ、ミトンにマフラー、そしてローブ。これ以上なにを与えたら『さみーよー』なんて言う口がふさがるんです、フェジュ?」

「ヴィクトロもミリアもケチ。鈍感。おれはあったかいものがほしいんだ!」


 私のシュバルとミリアのシュバルを村の入口に停め、私たちは村の中を歩いている。バマリーン様のお屋敷はたしか村のはずれだ。その途中、フェジュがゴネ始めたというわけなのだが……あったかいものか。


「ここに食堂はあったかな、ミリア?」


 私が尋ねると、ミリアはどこからか分厚い手帳を取り出した。


「あるっちゃあります。民宿と併設してますね」

「民宿か。よし、今日はそこに宿泊するか」

「えっ。殿下ともあろうお方が民宿ですか?」

「かといってここには王族用の屋敷もないだろう、ミリア。なに、きちんと対価を支払えば問題ない」

「そう言って、フェジュの防寒具もツケ払いだったじゃないですか。領収書の整理は大変なんですからね」


 ミリアはそう言いつつも、民宿に泊まることに賛同してくれた。



「はー、くったくった!」


 王配である私がなんの沙汰もなしに村を訪問したとあれば騒ぎになってしまう、というミリアの提案により、私は〝王宮からのとある使者〟を装うことにした。そして私たちはそのまま民宿と併設する食堂で昼食を済ませたのだった。


「『食った』なんて行儀が悪いぞフェジュ。『食べた』、『いただいた』と言いなさい」


 バマリーン様のお屋敷へと向かう最中、フェジュの言葉づかいを指摘したものの、私に返ってきたのは冷ややかな視線だった。


「ギョーギなんて知らねーよ! べーっだ!」

「あっ、こら待て!」

「フェジュもミリアも変わらんな……」


 思えば、シュタとトパジーのなんとお利口なことか。しかし、あんなに行儀がなっていないフェジュがリベルロ王家の……うーむ。

 ともかく私はフェジュとミリアのあとを追った。バマリーン様のお屋敷はもうすぐそこまで見えている。



 その後。


「不思議だな」

「不思議ですね」

「フシギって何が?」


 私とミリア、それからフェジュは大きな屋敷の門扉の前に立ち、一向に私たちを出迎える気配のない屋敷の様子を不審に思っていた。ベルは鳴らしたし、扉を打ち鳴らしたりもした。しかしいくら待てど待てども、使用人はおろか警備兵のひとりすら姿を現すことはない。


「あの、ヴィクトロ殿下」


 しびれを切らしかけているミリアが顎に手をあてて言う。


「先ほどの食堂のおじさん、あたしたちに『なんだ、また王都から使者かい』と言ってました」

「そういえば言っていたな」


 私はやつれた風貌の男主人の姿を思い出した。


「『また』ということは、最近、王都からこの村に誰かが来たのだとあたしは推測しています。でもあたし初耳なんです、そんなこと。殿下はどうですか?」

「私も初耳だ」

「ですよね。バマリーン様クラスの貴婦人に使者を派遣したという話があれば、ふつう殿下やあたしの耳に入るはずです。アダマーサ陛下の側近から」

「それにこの田舎村……」

「そうなんです」


 私が言いかけると、その先の言葉を察したようにミリアは同調し、そして周囲を――村を見渡した。


「村民が少なすぎるんです。間近に報告されていた村民の人数や出生届から考えても、明らかにおかしいです」

「なーなー、この家に用があるんじゃないのか? おれ、どーすりゃいいんだ?」

「少し黙っててください、フェジュ。あたしも殿下もなんだか嫌な予感がしてるんです、さっきから」

「イヤな予感?」


 フェジュもミリアにつられて周囲をぐるぐる見回し始めた。


「ちょっと中を見てくるか」

「あ、殿下、勝手に!」

「鍵も開いてる。失礼しよう」


 私はミリアとフェジュを引きつれてバマリーン様のお屋敷に足を踏み入れた。

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