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新王都に向けて

 アグマ辺境伯に命をとられずに済んだおれたちだけど、さすがに街なかをウロチョロするとアグマ辺境伯にとって都合が悪いらしい。それもそうだ。おれとトパジーは『緑頭』だし。とはいえ新王都へ行くにはこのままアグマ兵の格好をさせてもらっていたほうが王国側に怪しまれずに済む。ってことで、おれたちはアグマ辺境伯からの『使者』として新王都を目指すことになった。以上がアグマ邸内執務室で決定したことだ。


「よいな。もし貴様が皇帝親衛隊だとバレたら、我輩は貴様を見捨てるぞ」


 アグマ辺境伯はラフェンに唾を飛ばした。一方のラフェンはいつものようにヘラヘラしている。


「わかってますって。とか言いつつ、皇帝家と代々ぶ厚い信頼関係を築いてきたアグマ家の血をこれでもかってくらい色濃く受け継いでる剛直なアナタのことだ。俺らをそんな簡単に見捨ててくれる御仁ではないってことも、ちゃぁんとわかってますって。それにあれですよ、さっきも言いましたが俺を見捨てちゃったらアナタは帝国から総攻撃を受けますよ。そこんとこ、ご承知おきくださってます? だったらみすみす見捨てるなんて薄情なこたぁ口が裂けても言えませんよねぇ! なので今しがたのアナタのご発言はこっちでテキトーに撤回しといてさしあげます。えっ、撤回のお礼? いやいや、そんなもん『俺の命の危機を救ってくださる』くらいのご配慮で結構ですよォ。いいって、いいですってば。いいって……んもぉ~、辺境伯様ったら情にも厚くていらっしゃるんだからぁ〜!」


 すげー、ラフェン。すべてが自分へ都合よくなるよう勝手にひとりで会話を組みたててやがる。アグマ辺境伯のオッサンの顔は真っ赤になりつつこめかみには血管が浮きでてら。そんなオッサンはこう言う。


「いま思い出したぞラフェン。貴様の父フラルも口から産まれてきたような男だったことを」

「そんな男が当主だったばっかりに滅亡なんかしちまったんですよね、あの家は」


 そんな会話を聞きながら、おれたちは全員、オッサンが用意してくれた兜をかぶった。


「なあミリア。人間って口からは産まれないよな?」

「『口から産まれたような』。要するにベラベラ喋るしか取り柄のないヤツのことをそう言うんですよ、フェジュ」


 とんがり耳をもつミリアは兜が少し窮屈そうだ。兜の位置を微調整しながら答えてくれた。


「ラフェンのお父さんも、ラフェンみたくベラベラ話す人だったのね」

「おおっ? トパジーのお姫様、もしかして俺を名前で呼んでくれた? 俺もとうとうお姫様の懐柔に成功したかぁ! いやー、参ったな。将来はお姫様に婿入りしちゃったりしてな!」

「きらい」


 トパジーはラフェンをたった一言でぶった切った。当のラフェンは迫真の演技でショック受けたフリをしている。なるほど、こういうヤツのことを『口から産まれたような』って言えばいいんだな。


「そろそろ行きましょう。国境紛争での混乱に乗じるチャンスは今を逃すとそうそう巡ってきませんよ」


 ミリアがラフェンの背中を外へと押しだした。そのとき、オッサンが「我輩の娘は赤髪の娘だ」とリベルロ王家に嫁いでいった娘の特徴を教えてくれた。


「少々勝気な性格をしているのだが……今回の件、それが災いしたのだろうな。トパジー殿下を庇っても我が首を絞めるだけとわかっていたろうに」

「そんなこと言うなよ、オッサン。トパジーを助けようとして男に立ち向かうなんて、なかなかできることじゃねーよ。オッサンの娘のこと、おれはすっげーカッコいいと思うぜ。カッコいいヤツは幸せにならねーとな」

「ふん。……せいぜい我輩を帝国に寝返らせてくれたまえ」


 オッサンは偉そうな態度を崩すことなく、新王都へ向かうおれたちを見送ってくれたのだった。




「なあなあ、アグマ辺境伯ってツンデレだったよな?」


 都市を出て新王都へ向かう最中、シュバルを走らせながらラフェンが言ってきた。


「ツンデレってなんだ?」


 おれは訊き返した。ラフェンはこう答える。


「いつもはツンツンした態度や口調だけど、たまに優しくなるヤツのことだよ。このなかで言うと、トパジーのお姫様が近いかな」

「へー。帝国では変な言葉が流行ってるんだな。おれも長いこと帝国にいるつもりだったけど知らなかったぞ。トパジーはツンデレなのか」


 おれはおれのうしろに座っているトパジーの顔をちらっと見た。当のトパジーはというと、


「変な言葉を教えてくるオトナ、やだ」


 とラフェンを見ながら言ったのだった。続けざまにミリアが「ざまあ見なさい」とラフェンに言い放つ。


「俺もガキとか偉そうな女は嫌いだわぁ」


 ラフェンはサラッと返した。あー、やべ、空気わりーな。話題を変えよう。


「そういえば新王都に行くのは初めてだよな。旧王都は定期的に視察してたけど……って、そういえば、旧王都の視察はいま誰がやってるんだ?」

「俺ら皇帝親衛隊。旧王都内部の地図はおまえらからもらってたし、皇帝親衛隊は隠密行動も得意な連中ばっかりなんだ。加えて機密情報を扱いやすい。思えば、おまえらより適任だったのかもな」

「ラフェン。親衛隊って皇帝の身辺警護だけが任務ではないのですか?」


 ミリアがラフェンに質問した。


「もちろん身辺警護も大切な任務だぜ。だけど皇帝陛下に最も近しい部隊だから、暗い任務にも適してるってわけ」

「ふうん。オマエも顔に似合わず苦労してるんですね」

「うわ。女傭兵に労われるなんて、こりゃ夜が明けたら槍の雨が降ってくるな。それはさておき、旧王都と違って新王都のことはフェジュも女傭兵もサッパリなんだよな? 新王都のことを知ってるのはお姫様だけか」


 そういうことになるな。


「トパジー。危険だとは思うけど、頼りにさせてくれ」

「うん。わたし、フェジュと一緒にアグマのおねえちゃんを助ける」

「ありがとう!」




 その後、二日が経った。アグマ兵の姿に変装しているとはいえ、新王都を目指している以上油断はできない。だから、なるべくひとけの少ない道を行こうぜってことでおれたちは森林の中を進んでいた。

 その昼間、休息をとったおれたちはシュバルに乗り、改めて出発しようとした。そのときだった。


「ちょっと待て、みんな。前方から誰か来てる気がする」

「耳がいいねぇ、フェジュ。俺もちょうど同じことを言おうとしてたとこだぜ。ありゃシュバルの蹄の音だな」


 ラフェンはシュバルから降りながら言う。


「見つかるとダメだ。みんなで草むらに隠れよう」


 おれがそう言うと、全員が草むらの陰に隠れた。誰が来てるのかわからねーけど、このまま穏便に過ぎ去ってくれたらいいな。そう願う。


「あれはグレ族だな」


 って、ラフェンのヤツ、前かがみになって草むらの向こうを観察してら。まあバレなきゃいいか。おれも見てみることにした。ほんとだ、とんがり耳に銀髪のグレ族が二人いる。それぞれシュバルにまたがって道をゆっくりと進んでるみたいだ。


「グレ族ってミリアと同族だよな。王国にいるグレ族って多いのか?」

「さあ……大半は帝国に従属していると思いますが。あたしのように王国に仕えていたグレ族は珍しかったはずです」


 おれの質問に答えたのはミリアだ。


「あの人たち、ミリアに似てる」


 いつのまにかトパジーも覗いていたらしい。小さい声で言った。


「ほんとだ。銀髪とか肌の色もそうだけど、顔立ちがどことなくミリアに似て……」

「しっ。あいつら、何か言ってるぜ」


 おれの言葉を遮ったラフェンは眉間にシワを寄せる。何か重要な話でもしてるのかな。おれは耳をすませた。


「――いくら帝国に潜入するのに私が適任とはいえ、『姿を消したトパジー王女のゆくえを探ってこい』とは女王陛下も無茶を命じるものだ。そんなことを命令するのなら娘を戦場になど遣わすものではないというのに。あんな子どもに戦わせるなど……」

「ああ、あの子はどうしているかしら。生まれたのは二十七年前だわ。もう立派な大人になっているころでしょうね」


 グレ族は男女だった。たぶん夫婦だな。声からして、若くはなさそうだ。グレ族たちは会話を続ける。


「名もつけてやれなかった娘……今ごろどうしているかしら」

「俺たちにできるのは、あの子が立派に育っていることを祈るだけだな。さあ先を急ごう。いざとなれば悪魔を数匹、狩ってやるぞ」


 それきり、グレ族たちは去っていった。おれたちは草むらから出る。


「なーんかイヤな会話を聞いちまったなあ」


 そうボヤいたのはラフェンだ。


「女王も一応、お姫様のゆくえを気にしてるんだな。だったら戦場に出すなっつーの。なあ」

「魔法使いであるトパジー殿下が帝国の手に渡ったことを危惧しているんですよ。あのグレ族なら、王国と帝国を行き来するのも容易でしょうし」


 ミリアが言った。


「ミリア、オマエあのグレ族と知り合いなのか?」

「べつに。そんな気がしただけですよ、フェジュ」


 おれの気のせいかな。ミリア、雰囲気がピリピリしてら。おれがそう考えていると、ラフェンがおれの肩を小突いてきた。そして小声でこう言ってくる。


「おいフェジュ。ミリアの生い立ちって知ってっか?」

「生い立ち? うーんと、孤児だったところをヴィクトロに拾われたとかなんとか言ってたっけ。そういえばあんまり知らねーな」

「ふうん。孤児、ねぇ」


 ラフェンは腕組みをしてミリアを見る。当のミリアは自分のシュバルに乗っているところだ。


「王族なのに孤児を拾って育てるなんて、やっぱりヴィクトロは優しいとこあるよな。な、トパジー」

「うん。パパはいつも優しかった」

「のんきだねぇ、ガキどもは。さっきのグレ族どもが言ってた『悪魔を狩る』っての、きっとヤーデやロッチャを殺すって意味だぜ」


 えっ?


「なんだそれ。アイツらが危ねーじゃん!」

「おいフェジュ。まさか『今からヤーデとロッチャがいる古城に引き返そう』なんて言わねぇよな?」

「それは……言わねー」


 おっ、とラフェンが意外そうな顔をした。おれは続ける。


「ここまで一緒に来てくれたみんなに悪い。それに、おれを信じてくれたアグマ辺境伯のオッサンを裏切るようなマネはしたくない」

「ヤーデとロッチャが大切なんじゃねぇの?」

「ヤーデはべつに大切じゃねーよ! でも引き返したくないってわけじゃない。うまく言えねーんだけど……」

「ラフェン。フェジュを困惑させるようなことは言わないでください」


 シュバルの上からミリアの声が降ってきた。


「フェジュ。オマエはアグマ辺境伯のご令嬢を助けるんでしょう」

「うん」

「だったらさっさと助けてさっさと帝国に戻りますよ」

「うん! 行こう、トパジー。ラフェンも」


 おれはトパジーをシュバルに乗せ、おれもその前に乗った。

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