助けてくれたら
「……ラフェン。どうやら養女を見捨てるのはアグマ辺境伯には無理な話のようですよ」
沈黙を破ったのはミリアだった。ラフェンがミリアに視線を向ける。
「ンだと? 女傭兵、理由を言ってみろ」
「だって、アグマ辺境伯、あの人と同じ目をしてるんですもの……」
ミリアの言った『あの人』。それは言うまでもなくヴィクトロだ。おれは改めてアグマ辺境伯の顔を見る。……泣いてる。
「……アグマ辺境伯。オマエ、さっきは『娘を斬るのに苦痛はない』なんて言ってたけど……ホントのところは平気なんかじゃねーんじゃん」
「うるさい。黙れ」
「泣きながら睨まれてもコワくねーよ。でも、ちょっと嬉しいよ」
「……嬉しいだと?」
アグマ辺境伯は相変わらずおれを睨んでくる。
「たとえ実の子どもじゃなくても見捨てないってことが嬉しいんだ」
「変なガキだ。わからぬのか。あの子が王国にいるかぎり、我輩は帝国に寝返るつもりはないのだぞ」
「そりゃそーだ。簡単に寝返ってたらおれはオマエをぶん殴ってるとこだよ」
「フェジュ。おまえは俺ら帝国とアグマ辺境伯のどっちの味方なんだっての!」
「それはそれ、コレはコレなんだよラフェン」
「あーもう疲れた。俺は疲れた。フェジュに疲れた。こうなるんだったらアグマ辺境伯を寝返らそうなんて考えるんじゃなかったぜ」
ラフェンは床にあぐらをかいた。そこへアグマ辺境伯が言う。
「……今日のところは見逃してやる。もう我輩の領地に手は出さず、おとなしく帝国に帰れ」
「うーん……ここはアグマ辺境伯様の寛大なるお心に甘えるしかないかねぇ、やっぱ。でもこのまま帰ってもな〜〜〜。手柄にしちゃ今ひとつ物足りねぇんだよな〜」
……ラフェンは床に寝転んだ。その足を、苛立った顔をしたアグマ辺境伯が刀でツンツンし始めた。はやく帰れと言っているらしい。
「なあ、アグマ辺境伯」
おれはダメもとで質問することにした。
「リベルロ王家に嫁いでったその子どもが帰ってきさえすればいいんだよな?」
「……フェジュ。オマエまさか」
ミリアが声をかけてきた。
「おいおいおいおいフェジュ。いや……おいおいおい。マジか?」
ラフェンもおれが言いたいことを察したようだ。
「ミリア、ラフェン、トパジー。おれたちでその子を取り返そうぜ!」
「ふざけんな! マジでふざけんな!」
ラフェンに即答された。ラフェンは立ち上がる。
「おまえ、今までの話をちゃんと聞いてたか? アグマ辺境伯の養女はリベルロ王家に嫁いでったの。リベルロ王家。わかる? このトパジーお姫様がいたところね。つまり王都!」
「わかるよ、そのくらい」
「だったら王都にゃ女王がいるっつーこともわかるよな?」
「うん。わかる」
「だから……あー、ちくしょー。王都ならびに王宮はすごく守備が厳重だってことをこのクソガキは全然わかってない気しかしねぇ。女傭兵、なんか言ってやってくれ」
「どっちみちあたしも新王都の現状を知りたいです。忍び込むくらいなら賛成です」
「わかった。おまえらの脳ミソが使いものにならねぇことはわかった。よし、残るはお姫様だ。なんか言ってやってくださいよ、この脳筋二人組に」
ラフェンがトパジーへ期待の目を向けた。
「わたしは……アグマのおねえちゃんを助けられるんなら……助けたい。フェジュが行くならわたしもついてく」
「そうだった。お姫様はフェジュの味方なんだった」
ラフェンはうなだれた。
「アグマのおねえちゃんって……仲良かったのか、トパジー? そういやその子が嫁いだってのはトパジーの兄貴にか」
「……うん。わたしを最初に男の人から助けてくれたのはおねえちゃんだった」
「トパジー殿下が王宮でよからぬことに見舞われたのは我輩も存じておる」
アグマ辺境伯が言う。
「そこに介入したのが我が娘だったことも。しかし……そのせいで、我が娘は病に!」
「ご息女は病気を患ったのですか? でもトパジー殿下を助けたから病気になったっていうのはおかしくないです?」
とミリアが訊いた。アグマ辺境伯は答える。
「この数年間、王宮からは不穏なウワサが流れているのだ」
「おう。そういう話は大好きだぜ」
「下衆はウワサが大好物と決まっているからな、ラフェン。……なんでも、王宮には若い娘だけ発症する不知の病が蔓延しているとか」
「不知の病?」
首をかしげたのはおれだけじゃなかった。ミリアとラフェンも疑問に感じているみたいだ。
「トパジーは詳しく知ってるか?」
「わからない……わたし、オトナとはあんまり話さなかったから。でも……」
「でも?」
おれがさらに尋ねると、トパジーはこう続ける。
「女の人が、だんだんいなくなっていった。メイドも……おしゃれな服を着た人も」
「おしゃれな服を着た人っていうのは、おそらく貴族でしょうね。王宮ではパーティーなんかも催されてますし。その病気はどういった症状が現れるんです?」
「詳しくはわからぬ。あくまでもウワサなのだ。だが今のトパジー殿下のご発言……ますます娘が心配でならぬ。死人が出ていないともかぎらぬ」
ですよね、とミリアが溜め息まじりに言う。
「こわいですもんね。若い娘だけが発病するなんて。いざ忍び込むとなると明日は我が身ってもんですよ」
「辺境伯様〜。若い娘って何歳くらいなんです?」
「だいたい二十歳前後と聞いているぞ、ラフェン」
ラフェンはミリアとトパジーを見た。
「問題はねぇな」
「いえ、何かの間違いでしょう。二十五歳前後までを若い娘と人は呼ぶはず」
「まさか。呼べてメスゴリラだよ、おまえはな」
その直後、ラフェンの右頬をミリアの鉄拳が襲っていた。すげー痛そう。なんかスゴい音がした。そういやおれ、ヴィクトロのことゴリラって呼んでたなぁ。今度会ったら謝ろう。
「で、その病気がどうしてトパジー殿下のせいなんです? ウワサ程度なら根拠もないですよね」
ミリアが手をぶらぶらさせながら言った。
「女王陛下から手紙が届いたのだ。我輩の娘は、トパジー殿下に味方したことにより呪われた……と」
「呪い? 病気って呪いなのかよ? ていうか、なんでトパジーに味方したからって呪われちまうんだ?」
「我輩のほうが訊きたいくらいだ! 王国には呪術が伝わっているのか、それとも悪魔の……初代アダマーサの血筋によるものなのか……サッパリだ」
「緑頭の悪魔の血筋ってのはあながち間違ってねぇんじゃないですかねぇ。緑頭はフェジュやお姫様みたいに魔法が使えることはたしかなんだし」
「ラフェンまでウワサを信じるのかよ!」
「だって他人を操ることができるくらいだぜ。人に向かって死ね死ねって念じたら殺すことくらいチョロそうだもん。そういう感じで呪われたんじゃねぇの?」
おれたちをどういう目で見てるんだ、コイツ。
「でも仮に魔法が関係しているんなら、ご息女を連れ戻してきたあと、その呪いとやらを解くことだってできるかもですよ。こっちにはフェジュやトパジー殿下と……あと、胸くそ悪い夫婦もいますし」
「胸くそ悪い……って、誰のこと、ミリア?」
「ヤで始まってデで終わる名前の女とメで始まってオで始まる名前の男のことですよ、トパジー殿下」
うわ、ミリア、いい笑顔。
「……本当に娘を連れ戻して、助けてくれるのか?」
アグマ辺境伯が刀をしまいながら言った。
「ラフェン、いいよな?」
「とめても行きそうだな、おまえ」
「まあな。それに王宮には女王とトーワの野郎がいるんだろ。一発殴るにはいい機会だ」
「勇気と無謀は別物だって知っちまうぜ」
「だったら尚さらだ。どこまで踏み込めるかを知るのも大切だろ」
ラフェンは右頬をさすりつつ「しゃーねぇな」と頷いてくれた。
「アグマ辺境伯はそれで帝国に寝返ってくれるんですか?」
ミリアが尋ねた。アグマ辺境伯は、
「ああ。本当に我が娘を助けてくれたら……ゴホン。寝返るのもやぶさかではない」
と答えたのだった。




