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私に二言はない

「ふう」


 私は服装を乱れを整えた。


「さすがは我が王国軍だ。ひとり残らず眠らせるのもなかなか一苦労だったぞ」


 牢獄の見張り兵を眠らせるためあの手この手(おもに吹き矢での眠剤投与や短剣の柄頭での強打)を使ったせいで、マントもすっかり乱れてしまっていた。これでは身だしなみが悪い。とはいえ、今はそんなことに構ってなどいられないか。

 城から外に出たところにある牢獄、この入口の先にフェジュがいる。私は急いだ。



 牢獄という牢獄を片っ端から探していくと、最奥の独房にフェジュとキャムの姿を見つけた。


「呆れましたね。王配殿下おん自ら牢獄に侵入するとは」


 そう言ってほくそ笑んむキャムのその手には研ぎ澄まされた一振りの剣がある。ここだけの話だが、キャムは剣の達人だ。剣だけならば私と互角と認めてもよいだろう。認めたくないが。

 一方、フェジュはフードも何もかも剥ぎ取られ、両手を組めない絶妙な位置で拘束されている。両足にも鎖がつけられているではないか。あれでは抵抗できまい。


「ヴィクトロ……なんでここに」


 フェジュの声は弱々しい。


「おまえを助けにきたのだ」


 私が言うと、キャムが盛大に溜め息をついた。


「その様子だと、どうせ兵士を気絶させてきたんでしょう? おいたもほどほどにしてくださいよ」

「私を子ども扱いするんじゃない。そんなことより今すぐその手枷を外せ!」

「そうはいきません。わたしは今から、このフェジュの両腕を切り落とすのですから」


 キャムの双眸の、なんと冷酷なことか。見ろ、フェジュも怯えきっているではないか。


「馬鹿なことを言うな、キャム」

「魔法を使わせないための合理的な処置ですよ。アダマーサ女王陛下のご許可も得ています」

「馬鹿な。アダマーサがそのような痛ましい決断をするなど……」

「わたしの言葉を疑うなら、そのまま引き返して陛下ご本人にお確かめになってくればよろしい。もっとも、その間にこの両腕は胴体から離れてしまうことでしょうが」

「卑怯だぞキャム、なにもかも」

「殿下は国を守りたくはないのですか?」

「なんだと?」


 眉根を寄せた私に、キャムがこう続ける。


「この者は我が国に明らかな敵意を抱いていました。そしてその両腕は魔法を生み出す。我々リベルロ王国にとって危険因子なのですよ、フェジュは」

「だからといって子どもの両腕を切り落とすなど……」


 フェジュを見ると、どこか薄い期待をにじませた瞳でこちらを見つめている……


――『やっぱりここもツメテーとこだったんだ!』


 そのフェジュのセリフが私の脳裏を駆け巡る。

 いいや、フェジュ。キミがあたたかさを知らないのなら、私が教えてやるまでだ。


「……私が切り落とさせはしない」


 そう言った私に、キャムはさらに冷たい視線を向けた。


「つくづく呆れたものですね。ひとつ訊きますが、なぜそんな子どもを助けるのです?」


 キャムの剣がフェジュを指した。私はこう答える。


「シュタとトパジーに、幼い子どもを守れないカッコ悪いパパだと思われたくないのだ」


 たとえその子どもが、私となんの繋がりもない子だったとしても。

 キャムの剣がふるふると震える。ヤツのこめかみには青筋が見えている。


「貴殿のその行動、言動は、包み隠さず女王陛下にお伝えするかよろしいか? 貴殿は我が国における危険因子を助けにきた……その事実すべてを」

「勝手にしろ」


 私がフェジュの手足に巻きついた拘束具を外そうと取りかかると、あろうことかキャムは私に刃向かってきた。だが残念だ。激昴した私に適う戦士など存在しない。私は短剣でキャムの剣をはじき飛ばし、キャムの長い黒髪を斬り落とした。


「ひッ」


 丸腰になったキャムを壁際に追い詰めたのは、ほかでもないこの私である。逃げ場と抵抗するすべを失ったキャムの瞳には、たしかに私に対する恐怖の色が映えていた。


「あっけないものだな、リベルロ王国軍最高司令官。それでも修練を詰んだ軍人かね?」

「くっ」


 私の嫌味はキャムにもきちんと伝わったようだ。剣ならば、剣ならば負けないはずだ、と、いまいましいと言わんばかりの視線を私に寄越してくれている。ムダだ。おまえと私では、くぐってきた修羅場の数と気合いの丈が違うのだ。


「……フェジュを助けて……貴殿はどうするおつもりで?」

「私がどうしようとそれはおまえの管轄外だ。私のプライベートのことはな」

「プライベート……ハッ、笑わせる……」


 嘲笑するキャムを残し、私はフェジュを解放し、そのまま外へ連れ出した。



「ホントに乗せてくれたんだな」

「ん?」


 星のキレイな夜空の下をシュバルに乗って駆けてゆく。私はフェジュを抱え、シュバルで南の戦場へと出立していた。


「どうしたフェジュ、寒いか? しばし私のマントで我慢してくれ」

「そうじゃねーよ」


 忘れてはならないのが季節は冬だということだ。今冬は暖かいが、やはり厚めのマントだけでは寒かったか。私の前に乗るフェジュは、視線は前を向きながらも、何やら言いだした。


「城の中で、いつかおまえのシュバルに乗せるって話……ホントに実現してくれたんだな」


 あのときの会話を、フェジュはおぼえていてくれたのか。


「……もちろんだ。私に二言はない」



 王配ヴィクトロが罪人フェジュを連れて城を出たとき、女王アダマーサは、遅れ馳せながらもキャムのそばに現れていた。アダマーサとキャムは、シュバルに乗って駆けていくヴィクトロの大きな背中を見つめている。


「陛下……部下を使い、すぐに追わせます!」


 とキャムは張り切っていたが、


「無駄です」


 アダマーサはか細い声でそう一蹴した。


「陛下、なぜ!」

「ヴィクトロのシュバルに適う足などこの国にはありません」

「なら、陛下、あなたの魔法で……」


 キャムはアダマーサの魔法の効力を知っている。ところがアダマーサは、ふっと薄い笑みを浮かべ、キャムの提案には答えなかった。


「キャム、オーリブ家に連絡を」

「……はい。しかし、なんと?」

「決まっていますわ。〝息子がわたくしに逆らった〟と」


 するとキャムの表情は一瞬にして強ばった。そんなキャムの心を知ってか知らずか、アダマーサはただ夫の去りゆく後ろ姿を見送った。

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